【三田佐代子さん特別寄稿】中西学 第三世代の仲間たちと踏みならした最後の野人ダンス

新日本本隊選手との記念写真【写真:宮木和佳子】
新日本本隊選手との記念写真【写真:宮木和佳子】

引退試合に立ちはだかる新世代に中西は熱き絆で結ばれた仲間と挑み、壮絶に散った

 ベルトはそのひと月後に棚橋弘至に取り返されてしまった。2011年には中心性脊髄損傷という大ケガを負い、1年4ヶ月もの欠場。ここ数年は層の厚い新日本プロレスの中で試合数も減っていて、そんな中で「自分の思うような戦い方が出来ないから」と、決断した引退だった。

 もし、あの時に「お前はそれでいいや」と猪木が言わなかったら。もし、K-1ルールの試合を断っていたら。もし、あの怪我がなかったら。堂々巡りの問いに答えはない。でも、これだけ待ったからあの日の初戴冠の後楽園の大爆発があり、総合格闘技と交わったからこそボブ・サップ戦という最高の戦いがあった。誰もがうらやむ身体的素質を持ちながら、繊細で、不器用な中西学だったからこそ、私たちはこんなに応援したし、その一挙手一投足に注目した。対戦相手をも鼓舞してしまう中西の野人ダンス、きっちりカロリー計算をして食事を摂る昨今のレスラーの真逆を行く「モンスターモーニング」と呼ばれる膨大な量の朝食バイキング、ニーパッドもテーピングもせず「デビュー前に長州さんにお前はそういうのつけちゃダメだって言われたから」と28年経っても律儀に約束を守り続けるその黒タイツ姿、全てが中西学の引退と共に記憶の中へと去っていく。

 2020年2月22日、中西学はプロレスラーとして最後の日を迎えた。苦楽を共にした第三世代4人で組み、対戦相手にはオカダ・カズチカ、棚橋弘至、飯伏幸太、後藤洋央紀と新日本のトップどころを揃えたこの上ない引退試合だ。試合は当然のごとく、第一線で活躍する選手たちに攻められる。仲間たちが声の限りに中西に返せと叫ぶ。大きな身体で中西は必死に食らい付く。中西が引退するということは、第三世代の4人が揃うのもこれが最後だということだ。4人揃っての野人ダンス、そしてアルゼンチンで棚橋を担ぐとあのIWGP戦の再来かと客席が爆発する。気がつくと中西はリングにひとり取り残され、その身ひとつで後藤のGTR、飯伏のカミゴェ、オカダのレインメーカーというフィニッシュホールドを受け切り、最後は棚橋弘至のハイフライフローを全身で受けとめて大の字になって3カウントを聞いた。中西学、壮絶なラストマッチだった。

 引退試合を終えた中西は「一度プロレスラーになったからには、死ぬまでプロレスラーです」と言った。極上の対戦相手と心から信頼する同志に囲まれてリングを降りたけれど、これからどこかでレスリングを教えていても、茶農家だという京都の実家であの大きな手でお茶を摘んでいたとしても、それはプロレスラー中西学の新しい姿になる。淋しくないといったら嘘になるけれど、あの日、「クロサワ」として初めて私の目の前に現れたその人は、これからも大地を踏みならし、豪快に笑い、大きな背中で生きていくだろう。

□三田佐代子(みた・さよこ) プロレスキャスター。地方局のアナウンサーを経て、プロレス格闘技専門チャンネル「サムライTV」の開局から現在に至るまでプロレスニュース番組を担当。年間150試合以上を取材する。著書に「プロレスという生き方~平成のリングの主役たち(中公新書ラクレ)」

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