寺田心に「泣くな」と言ったワケ
――撮影はいかがでしたか?
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「スタッフは優秀で、天気にも恵まれ、すべてのシーンがうまくいきました。あるシーンの中ではもう本当にわがままを言って僕の手法でやらせてもらいました」
――それはどんなシーンですか?
「冨士さんが一家団欒の中から自分の世界に入り込んで、そこで、もがき苦しむというシーンです。ワンショット、ノーカットで長回しでやってくれとお願いしました。そこに関しては、全てのエモーションを仕込まなきゃいけないので、相当時間をかけましたので、ちゃんと描けたかなと思います」
――冨士さんが素晴らしかったですね。
「過酷なスケジュールでしたが、本当に命をかけてくれました。まさしく、映画女優です。冨士さんとは、もう1本は撮りたいと思います」
――監督は海外での上映を意識して演出をされているそうですが、その原点は?
「僕は横浜の中華街に生まれて、中国の血が4分の1入っています。親友はインド人。同級生はアメリカ人、イギリス人、ドイツ人、イタリア人でした。その一つの国の気質は皆さんも知ってらっしゃると思うんですけど、僕はいろんな国の人たちが同時に感銘してもらうことを生きる術として覚えていきました。そういった環境で育ったこともあって、海外の人に伝えたいという強い思いがあります。常にいろんな国の人たちに共鳴してもらうためにはどうしたらいいのかを考えています。具体的に言うと、外国での上映では必ず字幕がつきますよね。『人は必ず字幕スーパーに目線を落ちるので、その目線が戻るまで、アフターエモーションを持ってください』と言って、演出しています」
――ミラノ国際映画祭での反応はいかがでしたか?
「『エキサイティング』という感想を耳にしました。向こうの人たちにしてみれば、高齢者施設があるのに何を右往左往しているんだろうと思ったんでしょう。しかも、一番動き回っているのはちっちゃい孫。そういう部分ではカルチャーショックもあったみたいです。忘れかけていた人間模様が甦ったということがあったんだと思います。最初から心君の新人賞はいけるかなと思っていたのですが、これなら男優賞もあるかもしれないと感じ、観光や買い物をキャンセルして、ホテルにいるようにしました。タキシードもちゃんと用意してよかったなと思いました。ミラノの審査委員長は『最優秀主演男優賞で全員がスタンディングオベーションになったのは初めて』と言ってくれました」