福山雅治、長崎原爆の日に「生きていることを深く考えさせられる」 父は当時13歳
歌手で俳優の福山雅治が9日、都内で行われた映画『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』(公開中、新城毅彦監督)の公開記念舞台あいさつにサプライズで登場。長崎に原爆が投下された8月9日に、生きることや作品に参加した意義について思いを巡らせた。

社会課題とエンタメの接続を模索「この作品との出会いは1つの到達点」
歌手で俳優の福山雅治が9日、都内で行われた映画『あの星が降る丘で、君とまた出会いたい。』(公開中、新城毅彦監督)の公開記念舞台あいさつにサプライズで登場。長崎に原爆が投下された8月9日に、生きることや作品に参加した意義について思いを巡らせた。
ポルシェ、マクラーレン、ベントレー…昭和を代表するアイドルの華麗なる愛車遍歴(JAF Mate Onlineへ)
同作は、観客動員350万人、興行収入45億円を突破した2023年公開の映画『あの花が咲く丘で、君とまた出会えたら。』の続編にして完結編。1945年にタイムスリップした女子高生・百合(福原遥)と、特攻隊員として空に消えた彰(水上恒司)の物語から7年後を描く。彰の夢でもあった高校教師になった百合の前に、その面影を持つ青年・涼(細田佳央太)が現れる。彰への思いを抱え続ける百合が、涼や年老いた千代(倍賞千恵子)との出会いを通して再び歩き出す“再生”の物語となっている。
8月9日は、長崎に原爆が投下された日である。同作の主題歌『邂逅』を手がけた福山は、長崎県長崎市出身。「1945年8月9日午前11時2分は、自分がここに立っていること、この世に生まれたこと、生きていることを非常に深く考えさせられる1日です」と感慨深い表情で語り出した。
福山の父は1932年(昭和7年)生まれで、原爆投下当時は13歳だった。長崎市にある稲佐山の2つほどの稜線を隔てた場所で祖母と暮らしていたため、原爆による直接的な被害は受けなかったという。「多くの方が犠牲になられたので、『幸いにして』という言葉は軽いかもしれませんが、父や祖母は直接的な被害を免れています」と、慎重に言葉を選んだ。
自身は1969年に長崎で生まれ、その後、エンターテインメントの世界で活動するようになった。「僕自身、この仕事をやっていく上で、表現活動の中でやらなければならないことの1つだと思っていました」と明かした。その1つが「社会課題とエンターテインメントの接続」だった。「メッセージだけではなく、感動や興奮を届けていく。それを自分なりに模索していく中で、いくつかアプローチはしてきました」とこれまでの歩みを振り返った。
そして、前作から続く同シリーズとの出会いについて「この作品に出会って参加できたことは、1つの到達点だったと思っています。本当に運命なんだなと感じました」と特別な縁を強調。「プレッシャーはありましたが、エンターテインメントをやる人間として、取り組むべき大きな仕事なんだと思い、参加させていただきました」と力を込めた。
イベントには、主演の福原遥も登壇しており、福山の話を聞いて「戦争のことは教科書などで知っていても、身近に感じることがどんどん減っているのかなと思います」とコメント。過去に行われた学生限定イベントでは、高校生が作品からさまざまなことを受け取っていたという。「若い世代の方にも、こういうことがあったと知っていただきたいです。次の世代、その次の世代へ、この作品を渡せるような存在になったらいいなと思っています」と願っていた。
舞台あいさつには細田、出口夏希、豊嶋花、井之脇海、原作者の汐見夏衛氏、新城監督も登壇した。
あなたの“気になる”を教えてください