ピース又吉の“特殊”なAI活用法 「迷い」に価値を見出す作品観「答えは別にいらない」

『失恋カルタ』(Gakken)は、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が書き下ろした失恋の喪失感や孤独を切り取った読み句に、人気イラストレーター・たなかみさきが絵札を添えた異色のコラボレーションだ。インタビューに応じた又吉が、自身の執筆スタンスや生成AIとの向き合い方について語った。

インタビューに応じたピースの又吉直樹【写真:高田啓矢】
インタビューに応じたピースの又吉直樹【写真:高田啓矢】

『失恋カルタ』で人気イラストレーターとコラボ

『失恋カルタ』(Gakken)は、お笑いコンビ・ピースの又吉直樹が書き下ろした失恋の喪失感や孤独を切り取った読み句に、人気イラストレーター・たなかみさきが絵札を添えた異色のコラボレーションだ。インタビューに応じた又吉が、自身の執筆スタンスや生成AIとの向き合い方について語った。(取材・文=平辻哲也)

 2015年に『火花』で芥川賞を受賞して以降、小説、エッセー、ショートショートと幅広く言葉と向き合ってきた又吉。作家としての活動は約10年だが、文章そのものは20歳ごろから書き続けてきた。

 その約26年の中で、執筆に関して最も変わったことは何か。又吉は、エッセーと小説の違いを「時間」と表現する。

「エッセーを書いてる時は、ほぼ芸人の活動と変わりはなかったんですけど、小説を書くとやっぱ時間がエッセーよりかかるんで。それは内容とか難易度じゃなくて、単純に長さの問題で、それが一番大きな変化ですね」

 執筆のペースは、日常に溶け込んでいる。ノートパソコンを持ち歩き、書く時は横に普通のノートも置く。書きながら、その先の展開や面白いと思ったことを手書きでメモしていくという。

 決まった時間に机へ向かうルーティンがあるわけではない。新聞連載では週6回掲載の経験もあり、その時はほぼ毎日書き続ける必要があった。現在も、それに近い感覚だという。

「大体いくつか次に書くべきものがあるんで、空いてる時は考えてるか書いてるかじゃないと。朝起きてここから必ず書くというよりは、自分の意識があって、誰かと会ってないとか、芸人の仕事してるとか、酒を飲んでる時以外はずっとそれやってます」

 題材を選ぶ際に大切にしているのは、「自分に近い」と感じられるものだ。

「自分に近いとか、自分が見えるぐらいのことを書くっていうのが基本的な考え方ですね」

 社会的なテーマを扱う場合でも、又吉は大きな主張を前面に出すより、個人の感覚から物語を立ち上げたいと考えている。

「社会のことを書くとか、今世界でトレンドになってる事象を扱うってなった時に、どんどん運動に近づいていって。そういう時に物語の力というよりは主張が先に立ってるなって思うことがあって、それは僕は好きな小説ではないんです」

 たとえば戦争について書くとしても、国家間の関係やイデオロギーを大きく描くのではなく、戦地に子どもを送り出した母親の暮らしや、その母親がどの瞬間に子どものことを思い出すのかを書きたいという。

「個人の感覚を書けば、すごくリアルな社会で起きたことっていうのは出てくると思ってるんで、そっちの方が僕好きなんですよ。それやったら、もう新聞読んでニュース番組見てたら素晴らしいんで」

取材でも貫くアナログな姿勢

 取材の進め方にも、その姿勢は表れている。出版社には専門のリサーチャーもいるが、又吉は基本的に使わない。

「自費でどこでも行きますし、自費で本を買います。調べて、自分でその地に足を運んで、書くか書かないかなんで。その0から1の段階を編集者さんと一緒にやること、僕の場合ないんで。頭の中で構想ができて書けるってなって、編集者さんに『そろそろなんか書いてください』『今こんなこと考えてるんです』っていう順番なんで」

 そんなアナログな姿勢を貫く一方で、又吉は生成AIにも関心を持っている。

「AIは僕もGeminiを中心にいろいろ使うんですけど、仕事というよりはしゃべり相手って感じですね。僕が何かを頼んでやってもらうというよりは、僕が何かをやるためのトレーナーじゃないですけど」

 使い方は独特だ。AIに「設定10個出してください」と頼むのではなく、逆にAIから促され、自分が設定を10個出す。

「要は『設定10個出してください』じゃなくて、AIから『じゃあ設定10個出してください』って言われて僕が設定10個出すみたいな。そういう使い方ですね」

 AIに答えを出してもらうのではなく、自分が考えるための相手にする。AI自身からも「全体のユーザーの中でもかなり特殊な使い方をしてます」と言われるという。

 さらに、AIが答えを出してきた時には、こう伝える。

「答えを出さないでください」

 なぜなのか。又吉は、答えを出すことよりも、考え続ける時間の方に価値を置いている。

「答え出すのってめっちゃ簡単やから、答えを出さずに考えてる時間をどれだけ継続するかっていう方がしんどいし。あなたが今知ってる情報で出せる答えっていうのは、すでに誰かが考えついてる答えやから、それはもう3日に1回ぐらい注意してます。『答え出さないでください』って」

 世間がAIに「答え」や「効率」を求める中、又吉はあえて「迷い」を求める。その考え方は、自身の作品観にもつながっている。

「僕が書いてる作品って、大体全部ライフハックみたいなことじゃなくて、考え続けて迷い続けて、『こいつ結局何も答え出てないやんけ』っていう状態の人間に僕は魅力感じるんで。答えは別にいらないですよ」

 書いていく中で、「こういう話になった」「こういう結論が出た」と自分で発見したい。AIは優秀で、記憶力も圧倒的だが、「すでに発明されたものの集積」でもあるため、そのまま創作に使うことはできないという。

AIとの向き合い方について持論を展開した【写真:高田啓矢】
AIとの向き合い方について持論を展開した【写真:高田啓矢】

「競技が全く違う」AIとの向き合い方

 一方で、AIの能力を否定しているわけではない。使い始めた理由は、文章生成の精度や、将来的にどこまで人間の作業を代替する可能性があるのかを確認するためだった。

「正直、新聞とかはAIは得意やと思うんですよ。情報を元に正確に書くっていうのは得意だと思うんですけど。僕が『AIがめっちゃ面白い小説書いた』って読むかなって、多分読まないですよね」

 その理由として、又吉は松尾芭蕉の俳句を例に挙げる。

「松尾芭蕉の俳句も、句があって芭蕉で決まるっていう。その人がどういう人間で、どういう時間を過ごしてきて、どういう体験をしたかで、その1個の言葉が変わるし」

 言葉は、言葉だけで存在しているわけではない。誰が、どんな時間を過ごし、どんな体験を経て書いたのか。その背景によって、受け取られ方は変わる。

 又吉はさらに、マラソンに例えて説明する。

「マラソンで2時間切ったら感動するじゃないですか。でも車乗ったらもっと早いわけじゃないですか。要はAIは優秀でそういうもんやけど、それができる仕事と、それが作る物語がどれだけ精度上がったとしても、人間が自分の限られた寿命の中で時間削って、この言葉を書いたっていうものと競技が全く違うんで。だからそういう捉え方をしてます」

 AIがどれだけ速く、正確に文章を作れるようになっても、人間が限られた時間を使って言葉を書くこととは、比べる競技が違う。又吉はそう捉えている。

 書きたい題材は、まだ尽きない。江戸時代の話も考えているという。ただ、実現には取材が必要で、1年、2年をかけていいのか、自分の知識や力で書き切れるのかという葛藤もある。

「もうすでに死ぬまでに全部書き終えないだろうっていうぐらいの題材がそろってるとは思います。日々更新されていくんで、できるだけ思いついたことは全部やりたいなと思ってますけど」

 AIが答えを出す時代に、又吉はあえて答えを急がない。考え続け、迷い続けること。その時間こそが、又吉にとっての「書くこと」なのだ。

□又吉直樹(またよし・なおき)1980年、大阪府寝屋川市生まれ。2003年に綾部祐二とお笑いコンビ・ピースを結成した。15年に小説デビュー作『火花』で第153回芥川賞を受賞。その他の主な著書に『劇場』『人間』『生きとるわ』などがある。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください