中川翔子、不登校経験を回顧 教師に相談も「大人も味方になってくれないんだ」…通信制高校で転機

タレントの中川翔子が16日、東京・明光義塾高等学院 高田馬場キャンパスで行われた「明光みらい公式アンバサダー就任記念イベント」に登壇。過去の不登校経験について語った。

イベントに登壇した中川翔子【写真:ENCOUNT編集部】
イベントに登壇した中川翔子【写真:ENCOUNT編集部】

かつては“黒歴史”「スクールカーストが転落して」

 タレントの中川翔子が16日、東京・明光義塾高等学院 高田馬場キャンパスで行われた「明光みらい公式アンバサダー就任記念イベント」に登壇。過去の不登校経験について語った。

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 明光みらいは、不登校生徒の増加を受け、学びの多様化に対応する新たな教育インフラの構築を目的に設立された会社。同社のアンバサダーに、不登校の経験を持つ中川が就任した。中川は「不登校のときは『どうなってしまうんだろう……』って孤独に押しつぶされそうになった」と振り返りつつ、その時間のおかげで「夢中になれるものを見つけられた」と前を向いた。現在、不登校の子どもたちも「好きなこと、夢中なことに出会える人生になってほしい」とメッセージを送り、「明光みらいアンバサダーのお話、光栄でありがたいです!」と声を弾ませた。

 トークセッションに移り、これまでの経験を問われた中川は「『三つ子の魂百まで』って言葉があるように、3歳から漫画、猫が好きで、勝手に連載漫画を始めちゃうくらい、絵をずっと描いていた」と幼少期を回想した。幼稚園や小学校時代については「楽しくて、小学校の担任の先生がすばらしかった」とし、「『絵は任せたよ』って言ってくれたのがうれしくて。なかなか友だちとうまくやれるタイプじゃなかったけど、個性に自信を持てるような環境を作ってくれてうれしかった」と振り返った。

 一方、中学進学後に状況は一変したという。「中学に入った途端、スクールカーストが転落して、うまくやれない、話題に乗っかれない。絵を描いていると『オタクだ、キモい』って言われてしまう」と告白。修学旅行では「ボスグループに『キモいんだよ』って言われてふすまを閉められた衝撃で、大好きなことを学校でやったらこんなに浮いてしまうんだって……」と当時の苦しさを明かした。

 そんな中川が不登校になってしまった決定的な出来事は、中学校終盤に靴を隠され、先生に相談したときにあった。「靴を隠されてしまって、先生に言ったら泣いちゃった。でも『これで明日から平和になるかな』って少し希望を持てたし、靴を貸してくれたんだけど、『学校のだからお金払って』って言われて」と告白。これにより「『大人も味方になってくれないんだ。こんなところ行かない!』ってなった」と、不登校につながった出来事を語った。

 その後、高校から通信制へ進んだ中川は「将来のことを考えたら絶望した」としながらも、「通信制に行ったら、逆に風通しがよくなった」と転機を迎えたという。「端っこで絵を描いていたら『めっちゃ絵うまいじゃん! カラオケ行かね?』ってギャルが言ってくれて、ちょっと笑顔になれた」と印象深い出来事について話した。

 以前は、中学時代に学校へ行けなくなったことを「黒歴史」と捉え、20代は「あの頃を忘れようって頑張っていた」とのことだが、今は「うまく青春できなかった自分が、心の穴を埋めるためにやっていたことが、さなぎの時代だったなってあとから気づいた」と吐露した。

 そして「大人になってから中学時代に大好きだったジャッキー・チェンに会えたりした。だから、あの頃の自分に死ななくてありがとうって言いたいですね」と力を込め、「生きていてよかった、楽しいじゃんって笑顔で上書きしていける。それは10代の頃に夢中になった何かのおかげなんだなって思う」と感慨深い表情で語った。

 イベントには、株式会社明光みらい代表取締役社長の小幡和輝氏も登壇。明光みらいは、不登校でも在籍校の出席扱いを目指せるオンラインフリースクール「クラスジャパン小中学園」や、一人ひとりに寄り添う「明光フリースクール」を展開しているほか、通信制高校「さくら国際高等学校」と提携し、「明光義塾高等学院」として個別指導や進路指導、キャリア支援などを行っている。

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