剣道日本一から俳優・声優に “茨城の変態”安達勇人の波瀾万丈な半生…支えになった美輪明宏の金言
茨城の顔といえば、磯山さやかや渡辺直美といった全国区のスターを思い浮かべるだろう。しかし、もう1人、絶大な支持を集める“ローカルタレント”がいる。“茨城の変態”こと、安達勇人だ。俳優・声優として絶頂期に東京からUターン。地元に拠点を移すと、昨年秋に開催したフェスでは2万人を動員。「イバラキドリーム」を体現し、今や引っ張りだこの存在だ。剣道インターハイ優勝という異色の経歴、そして美輪明宏から授かった金言。波瀾万丈な半生に迫った。

『ラスト サムライ』に憧れた少年、山に籠もって全国大会優勝
茨城の顔といえば、磯山さやかや渡辺直美といった全国区のスターを思い浮かべるだろう。しかし、もう1人、絶大な支持を集める“ローカルタレント”がいる。“茨城の変態”こと、安達勇人だ。俳優・声優として絶頂期に東京からUターン。地元に拠点を移すと、昨年秋に開催したフェスでは2万人を動員。「イバラキドリーム」を体現し、今や引っ張りだこの存在だ。剣道インターハイ優勝という異色の経歴、そして美輪明宏から授かった金言。波瀾万丈な半生に迫った。(取材・文=幸田彩華)
茨城・桜川市。コンビニすらない“ど田舎”で育った安達は、もともと人前に出るのが苦手な内気な少年だった。転機は中学生の頃。当時ブームだった「ハモネプ」の影響でグループを組み、ステージで拍手を浴びたことで「表現」の喜びに目覚めた。
しかし、当時の安達を形作っていたのは「表現」よりも「武道」だった。
「幼稚園から剣道をやっていて、ずっと坊主頭の武道一家。夢が当時なかったんですけども、映画『ラスト サムライ』を見て感銘を受けました。自分も人の人生を変えられるような、きっかけを与えられる人になりたい。そこから俳優や声優という夢が膨らんでいきました」
だが、周囲の反応は冷ややかだった。「田舎者に芸能界なんて無理」「市役所職員か安定した仕事に就け」親戚が集まる席で悔し涙を流した安達は、ある“賭け”に出る。
「父親が剣道の先生で市役所職員。厳格だった父に『全国トップを取ったら、大学では好きなことをやっていい』と言われたんです。当時、僕は13人中13番目。周りは全国から集められた特待生ばかりでした」
そこから、安達の「リアル・ラストサムライ」とも言える修行が始まった。部活後、実家の裏山に籠もり、夜と朝、ひたすらスギの木に竹刀を打ち込んだ。
「2年くらいたつと、目をつぶっても木の場所がわかるようになるんです。極限状態になると、相手の動きがスローに見えてくる。先生や同級生からは『お前、何の練習してるんだ?』と言われました(笑)。最終的に主将になってインターハイで優勝したんです。あの剣道があるからこそ、今のお仕事でも、それ以上のつらいことがないんです」

美輪明宏からの衝撃的な教え「芝居をするな」
高校3年生の時の音楽鑑賞会で表参道を歩いていた際、たまたまスカウトされた。2007年、映画『BOYSLOVE 劇場版』で俳優デビュー。08年5月、雑誌『Fine』の月刊読者モデルグランプリを獲得。舞台初出演は09年、美輪明宏主演・演出の『毛皮のマリー』だった。
「右も左もわからない新人の僕を、美輪さんは『いばらきの小僧』と呼んでかわいがってくださいました。共演者は大和田伸也さんなどベテランばかり。そこで美輪さんに言われたのは『芝居をするな』という言葉でした」
教えは強く刻まれた。
「俳優として立ってるけど、芝居をしようと思ってステージに立つな。それはうそになる。そこにいる時点で登場人物なんだから、言葉も自分のものにしなさい。役になろうとするのではなく、自分の言葉として発すれば、それがキャラクターになる」
この金言は、その後に足を踏み入れた「2.5次元舞台」や声優の仕事でも安達を支え続けることになる。「誰かのまねではなく、安達勇人にしかできない表現」を追求するスタイルは、ここで確立された。
「あの舞台がきっかけで、どんな仕事をしたとしても、自分を守ってこれた。僕の中で本当に恩師です」

声優界の洗礼、そして梶裕貴ら仲間との出会い
俳優として活動する傍ら、安達は声優としても才能を発揮する。しかし、そこには役者出身ならではの大きな壁が立ちはだかっていた。
「声優の世界は、針の穴に糸を通すような繊細な世界。舞台でやるようなオーバーな芝居をマイク前でしても、全然感情が乗らないんです。それはすごく役者と声優の違いだなって思いました。習得するまでは本当に怒られましたし、居残りさせられましたし、そうやって育ってきました。役者あがりの方は苦労すると思います」
そんな安達を支えたのが、現場で出会った仲間たちだった。『アクエリオンロゴス』や『ALL OUT!!』などの作品で共演した梶裕貴や宮野真守といったトップ声優たちは、今でも安達の活動を気にかける大切な存在だという。
「声優のオーディションをやる時は、大体アニメのキャラのイメージを作ってくると思うんですが、僕の場合は逆でした。それは誰でもできると思って。じゃなくて、『安達くんがやると面白い』って言っていただけて、撮っていただいたことがあります。例えば大柄なキャラクターでも、あえて高い声で演じてみる。それが原作者の方に刺さったりしました」
かつて無我の境地を追い求めた少年。竹刀をマイクに持ち替えた今も、その「一打」にかける武士道の精神は揺るがない。故郷・茨城という名の広大な道場で、安達の真剣勝負はこれからも続いていく。
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