スマホでは耐えられない「10秒の無音」 川村元気氏が映画『8番出口』で仕掛けた“待つ体験”
世界的ベストセラー絵本の続編『きみをわすれない』(飛鳥新社)の翻訳を手がけた映画監督、小説家の川村元気氏は、同書の随所に現代社会への鋭いメッセージを読み取っている。作中で川村氏が特に刺さったと語るのが、馬の「今までもらった中で一番大切なものは時間」という言葉だという。そこには、映画クリエイターならでは、の視点がある。

映画作りに影響した「時間」に対する意識
世界的ベストセラー絵本の続編『きみをわすれない』(飛鳥新社)の翻訳を手がけた映画監督、小説家の川村元気氏は、同書の随所に現代社会への鋭いメッセージを読み取っている。作中で川村氏が特に刺さったと語るのが、馬の「今までもらった中で一番大切なものは時間」という言葉だという。そこには、映画クリエイターならでは、の視点がある。(取材・文=平辻哲也)
「『今までもらった中で一番大切なものは時間』というセリフがあります。紙の本が読まれにくくなっているのは、時間を他に取られてるからですよね」
川村氏は、現代人がいかにして無自覚に時間を奪われているかを考えたという。
「今は時間を有効に使うために、いろいろなものが最適化されています。楽しい映像をたくさん見たいならTikTokやYouTubeがある。スマホを見ているだけであっというまに数時間たつ。人間が時間を自分でコントロールできない時代になった感じがしています。アルゴリズム化されたおすすめの動画を見続けてしまうようにできている。AIが僕らの嗜好に合わせて次から次へとボールを投げてくるので、自分の時間を自分が決めていない」
スマホからとめどなく流れてくるコンテンツを消費し続ける受動的な日々。だからこそ、「馬の言葉が現代人の真理を突いている」と川村氏は語る。
「人間は自分の時間を取り戻せるか? と問われていると感じました」
この「時間」に対する意識は、『きみをわすれない』を翻訳した川村氏自身の本業である映画作りにも直結している。ゲームを映画化し、2025年に大ヒットした二宮和也主演の映画『8番出口』(脚本・監督)を例に挙げる。
「映画なら映画館に行った時にしか体験できない時間体験を考えます。次々と映像を見せる手法ではスマホに勝てないと考え、あえて逆のアプローチをとっています。それは『待つ』という体験。最初は何が起きているのか説明しない。そうすると人間の頭が、みずから考え始める。受容的なものから能動的なものに変わる」
さらに、映画館ならではの「無音」の効果についても言及する。
「10秒間の無音って日常生活だと耐えられない。スマホだったら絶対スワイプされる。でも映画館でスワイプできないって状態で待たざるを得ないとなった時に、人間が自分の頭で考えたり感じたりする。その体験は、スマートフォンではできない」
紙の本や映画館といった、能動的な体験の中にこそ、自分だけの時間が宿るのだ。
SNSで「見なくてもいい悪意が目に入ってきてしまう」
そして、第2作の核となる「嵐」というモチーフ。家の中にいた前作から一転、外の世界で直面する人間関係の疲れや心の病に寄り添う本作において、川村氏にとっての現代の「嵐」とは一体何なのだろうか。
「今はスマホの中がなんかもう嵐みたいになってますよね」。川村氏はそう即答し、手のひらにある日常の脅威について語り始めた。
「SNSを見てても、人の悪口ばかりだし。最近は子どもがいじめられているもの、戦争、誹謗中傷……強制的に毎日、見せられている気がします」
かつて嵐はたまにしか来ないものであり、不快なものは見に行かなければ済んでいた。しかし今は違う。
「見なくてもいい悪意が目に入ってきてしまう。もはや、その嵐というのは、この手のひらの中に毎日あるように思える」
また、本作が優しく語りかける「他人と比べないこと」というメッセージにも、川村氏は共鳴している。
「スマホには自慢が溢れている。より顔がきれいとか、より優れているってことをずっと見させられて、勝手に劣等感を抱くようにできている気がします。それはアルゴリズムがそうしていて、それで物やサービスが売れる仕組みになっているわけですが」
私たちはSNSの中で他人の生活を見せられ、無意識のうちに劣等感を植え付けられている。だからこそ、「そんなの気にしなくていいよ」と語りかけるこの絵本の存在意義は大きい。
「(著者の)チャーリーさんって面白い。前作(『ぼく モグラ キツネ 馬』)の題材となった絵はインスタグラムで発信しながらも、SNSとの距離の取り方みたいのをものすごく示唆的に言っているんです」
SNS発の作品でありながら、手書きの文字とイラストというアナログで真逆の表現で勝負し、読者に「他人と比べなくていいんだ」と伝える。その距離感の妙に、強く惹かれている。
□川村元気(かわむら・げんき)1979年生まれ。映画プロデューサー、作家、映画監督。2010年、米ハリウッド・リポーター誌の「Next Generation Asia」に選出される。12年に初小説『世界から猫が消えたなら』を発表。その後も『億男』『四月になれば彼女は』『私の馬』等の小説を発表。22年には自身の小説を映画化した長編監督デビュー作『百花』で、第70回サンセバスチャン国際映画祭にて日本人初となる最優秀監督賞を受賞した。最新監督作『8番出口』はカンヌ国際映画祭正式招待作品となり、国内外で大きな話題となった。
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