名バイプレーヤー津田寛治が“本人役”で見せた新境地「演じない中で物語に入っていく」
映画界に欠かせない名バイプレーヤー・津田寛治が、前代未聞の挑戦を果たした。映画『津田寛治に撮休はない』(3月28日公開、萱野孝幸監督)で、まさかの「自分自身」を演じたのだ。現実と虚構が入り交じる「今までの中で一番やれてよかった役」と語る本作の裏側を、津田がたっぷりと語った。

映画『津田寛治に撮休はない』で本人役
映画界に欠かせない名バイプレーヤー・津田寛治が、前代未聞の挑戦を果たした。映画『津田寛治に撮休はない』(3月28日公開、萱野孝幸監督)で、まさかの「自分自身」を演じたのだ。現実と虚構が入り交じる「今までの中で一番やれてよかった役」と語る本作の裏側を、津田がたっぷりと語った。(取材・文=平辻哲也)
WOWOWの人気ドラマシリーズをほうふつとさせるタイトルだが、描かれるのは多忙な俳優・津田寛治が不可思議な出来事に巻き込まれていく新感覚ミステリーだ。渡辺哲、岩崎ひろみ、篠田諒、駒井蓮、映画監督の井口昇氏らが実名役で登場。津田の娘役を平澤由理、マネジャー役を本作のプロデューサーでもある中村祐美子が演じている。
「僕はあのシリーズをよく知らなくて、監督に『このタイトルはすごく面白いですね』と話したら、『え、まさか津田さん知らないんですか? あのなんとかの撮休みたいな。もう完璧なパロディーですよ』とおっしゃって(笑)」
穏やかな笑顔でそう切り出した津田。本作の企画が立ち上がったのは、大分・別府市にある老舗映画館「ブルーバード劇場」でのことだった。
「小さな映画祭をやっている時に、監督が会いに来てくれ、この企画書を渡してくれたんです。バラエティーかなと思ったら、『いや、そうではなくて、劇映画としてちゃんと撮りたいんだ』と。フェイクドキュメンタリーって言うんですかね。津田寛治が実際に忙しく仕事しているように思わせておいて、実はその中でどんどん非現実的なことが起き、『これはやっぱりドラマなんだ』みたいな感じになれば、とおっしゃっていました」
取材も一切ないまま、いきなり渡された第1稿は、決定稿として変更の余地がないほど作り込まれていたという。
「読んでみたら『なぜこんなに僕のことを知っているんだ』と思うぐらい、僕の日常のことがすごく細かく書かれていました。何よりもお話としてすごく面白かったんです。いわゆる起承転結があるエンタメ作品とは少し違うのですが、空気感が自分好みでした。不思議な空気の中で物語が進んでいく感じがあったので、すぐにやってみたいと思いました」
現実の津田寛治が劇中の「津田寛治」を演じるというメタ構造のなかで、一体どこまでがリアルなのだろうか。
「劇中のインタビューは、割と僕が普段言っている内容かなと思いましたが、あんな風に計算立てて演技をすることはあまりないです。僕自身はもう少し常識人で、あんなに忙しくないです(笑)。一番大きな違いは、終盤の家族のシーンを演じる時に、次のせりふを“少し食い気味”に言ってみた点です。あれは一番やってはいけない芝居だと思っているので、リアルな僕とは違いますね」
役作りに関しても「最初に思ったのは、役作り的なことはしたくないという思いが強くありました」と明かす。「常々本当に思っている『演じない中で物語に入っていく』ということを、しっかりと試せる機会だなと思っていたので、そこを極めたいと思っていました」。

タイトルに自身の名前…貴重な経験に感謝
23年夏に行われた撮影は、廃虚のような場所で汗だくのスタッフとともにワンカットに挑むなど過酷を極めたが、津田自身は「現場はとても楽しかったです。本当に現場が終わるのが寂しくて、ずっとやっていたいと思いましたね」と振り返る。
その没入感は、津田だけでなくスタッフにも波及していた。
「録音部の方が、ある時ぼーっと立っていたので『具合が悪いんですか?』と尋ねたら、『さっきのシーンで録音部として出演したんです。だからといって芝居をするわけではなく、普段の作業をただやっていただけなのですが、カットがかかっても全く同じことを繰り返していて。今、自分がカメラに映っているのかいないのかよく分からなくなって混乱していたんです』とおっしゃっていました。僕だけでなく、いろいろな人が物語の中に取り込まれていくような映画なのだなと驚きました」
タイトルに自身の名前が冠されていることへの思いも格別だ。
「ふと考えてみると、タイトルに名前が入っている俳優ってチャップリンとかエノケン(榎本健一)さんぐらいですよね。ほかにはどのくらいいるのだろうと考えたら、本当にありがたいなと思いました。ああいう作品に出合える俳優はなかなかいないだろうなと思い、こんな経験をさせていただいて心から感謝しています。監督がいなかったら、あり得なかったことですから」
完成した映画を見たときの衝撃は、津田自身にとっても大きかったようだ。
「客観的に見られていないだけなのかと不安もあったのですが、ものすごく喉がからからになるような変な感覚があり、見たことのない映画に出合ってしまったな、と。先行して見ていただいた方も同じことを思っていて、自分の中で『この映画、ひょっとしたら話題になるかもしれない』という自信にもつながりましたし、うれしかったです」
劇中のインタビューをなぞって、「今までで一番うれしかった役は?」と尋ねると、迷いなくこう答えた。
「まさにこの映画です。昔だったら、悪役をやりたいとかサイコパスをやりたいとかありましたが、年々それがなくなっていくんです。どんな役が来ても自分の中で新たにチャレンジできることがたくさんあるし、とにかくまずそこを極めないといけないという課題が出てくる。だから『こういう職業の役』とかそういうことではないんです。実際やってみて『あ、この役をやれてよかった』と思うのですが、まさにこの映画の『津田寛治』という役には本当に出合えて良かった」
俳優・津田寛治の新たな代表作となるに違いない異色作。スクリーンでその不思議な“没入感”を確かめてほしい。
□津田寛治(つだ・かんじ)1965年8月27日、福井県生まれ。93年、北野武監督『ソナチネ』で映画デビュー。2002年『模倣犯』でブルーリボン賞助演男優賞、08年『トウキョウソナタ』で高崎映画祭最優秀助演男優賞、20年『山中静夫氏の尊厳死』で日本映画批評家大賞主演男優賞を受賞。ジャンルを問わず数々の作品で存在感を放つ日本映画界に欠かせない名バイプレイヤー。25年11月には主演映画『The Frog and the Water』で、世界15大映画祭の一つであるタリン・ブラックナイト映画祭にて日本人俳優初となる最優秀男優賞の快挙を成し遂げた。22年には自叙伝『悪役』を刊行している。
ヘアメイク:馬場エミリ
スタイリスト:三原千春
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