18歳でプロとして作曲家デビューし、活動40周年を迎えたシンガー・ソングライターの井上ヨシマサが、これまでAKB48に提供した楽曲のセルフカバー集『井上ヨシマサ48G曲セルフカヴァー』を2月19日にリリースした。本作は、柏木由紀、松井珠理奈、村山彩希、岡田奈々をゲストに迎え、第54回日本レコード大賞を受賞した『真夏のSounds good！』など、思い入れのある10曲をアレンジして構成されている。筆者もこれまで『君はメロディー』を始め、AKB48グループに楽曲を提供してきた作曲家の一人であり、ヨシマサさんは頼れる先輩だ。後編はそんな大先輩に「楽曲制作の裏側と作曲家が歌うことの意味」を聞いた。（取材・文＝成瀬英樹）

――今作では、原曲がバラードだったものが青春パンクになっていたり、コードもかなり大胆に変更されています。どういった思いでアレンジを加えられたのでしょうか。

「たとえばAKB48に楽曲を提供する際は、彼女たちが輝けるようにサウンドを作るわけですが、今回のセルフカバーでは、一度曲をバラバラにし、楽曲が持つ可能性を最大限拡げる事を心がけました」

――『泣きながら微笑んで』は卒業ソングの名作、まさかパンクになるとは思いませんでした。歌っているのはヨシマサさんですか？

「そうなんです。あのシャウトで僕はいろんなものを捨てました（笑）。ビブラートとかそういうあらゆる手法は今回のこの曲にはまるで無意味だと思ったからね。これはキーが高くてライブではできないかもしれないです」

――サウンドもさることながら、歌詞の素晴らしさにもうっとりしてしまいましたが、途中で「これって秋元康さんの歌詞で原曲はアイドルソングなんだ」と思う瞬間もありました。

「秋元さんも長渕剛さんや稲垣潤一さんら“アーティスト”とたくさん仕事をしてこられた方だから、ここからが作曲家の仕事、ここからが作詞家の仕事と区切って制作している感じはなく、曲も歌詞もまるでシンガー・ソングライターが1人で作品作りをするみたいに、共同でひとつの曲を仕上げていく感覚です。そうなると妥協は無しでやりとりしますが、そこには気を遣いながらも作品が確実に良くなっていくワクワクがあります。アイドルソングのイメージにだまされちゃダメです。秋元さんの『ハート型ウイルス』にやられちゃうよ（笑）」

――そういったエピソードが詰まった曲はございますか。

「忘れられないのが『Beginner』ですね。最初、秋元さんから『割とアップテンポのダンス曲』を頼まれていました。普通のテンポ感でダンス曲はすぐにできたのですが、AKB48のメンバーには本気で踊れる子達がたくさん居ることを知っていたので、ファンの人達ではなく、彼女達を認めてくれなさそうなB-boyやB-Girl方達にも共感してもらえるクールなテンポのものを後から作りました。もし秋元さんがそっちを選んでくれたら、一生ついて行こうと心に決めていました。結果……。選ばれたのは後者のクールな方でした。『Beginner』はAKB48初のミリオンセラーを記録するヒットになり、僕は『秋元さん！　一生ついて行きます！』と伝えましたが、秋元さんは『ん？　何の話？』という顔をしていましたね（笑）」

――今回参加された48グループのメンバーについても教えてください。

「コロナ禍の時期にファンに楽しんでもらおうと、少しずつSNSでセルフカバーなどを投稿していたんです。その企画に賛同して手伝ってくれたメンバーに今回声をかけました。それぞれの楽曲にゆかりのあるメンバーですね。その時に作っていたデータなども今回のアルバムに活かしていますよ」

――『10年桜』ではAIのボーカルを使用していますね。資料を読むまでAIとは分からなかったです。AIシンガーへの抵抗みたいなものはなかったですか。

「やはり『曲ありき』なので、AIもアーティストの一人として起用するイメージ、抵抗はまったくないですよ。それにしても、AIにしっかり歌を歌わせるために5日間かかっちゃいましたよ。これなら誰かに歌ってもらったほうが早いって（笑）。だけど『自分が育てたアーティスト』って感じで愛着も湧きます。今はかなり細かいところまで追い込めるから、楽器と同じ感覚でハマっちゃいました。僕にとってはクリエイティブの作業でしかないですね」

――キャロル・キングやレオン・ラッセルのように洋楽では作曲者が自ら提供曲を歌うという文化が自然に根づいています。日本ではなかなかそのような考え方をする作家はいないと思います。

「ソングライターがピアノを弾いて、そのまわりをシンガーたちが数人囲んでそのソングライターの歌を歌う、みたいなコンサートが普通に行われていたりしますよね。日本ではアーティストありきな傾向はあるかもしれませんね。作曲者が歌っていると『自己顕示欲が強いんですね』って言われたりもします（笑）。今は楽曲コンペ時代だから、昔の筒美京平さんのような『先生』と呼ばれる作曲家の威厳みたいなことより、歌う人のネームバリューとかがより重要視される時代になったとは言えるかなと思います」

――私も『君はメロディー』などのセルフカバーを自分のアルバムに入れた際、友人の作家から「え？　セルフカバーってやって大丈夫なんですか？」ってメールがきました（笑）。

「曲を作った人が偉いとかでは決してないけど、最初は作った人から始まっているし、作った人が歌うことはとても自然なこと。作曲家がセルフカバーをやることが、不思議なことじゃないと思ってもらえるようになったらいいなと思ってます」

――最後に、作曲する際の心構えをお聞かせください。

「売れなければ生活も出来ません。ただ売上を追いかけると逃げていく。どんなに良い曲でも知られずに葬られる曲だってありますからね。作家はみんな自分の曲が大好きだからこそ『ダメ』と言われると落ち込みますし、親から転職しろと言われることもあります（笑）。なんとか生活の糧にしようと、周囲の圧力に押されて“バズりそうな曲”を書いてみたり。でもそれは結局、遠回りなんだと思います。大切なのは、自分を信じて、自分が納得できる楽曲を作ること。なぜなら音楽は、心の奥底から自然に湧き上がるものですからね」

□井上ヨシマサ　1966年、東京都出身。79年にコスミック・インベンションのメンバーとしてデビュー。その後、主に作曲家として活動し、小泉今日子、光GENJI、郷ひろみ、中山美穂さんら多くの歌手に楽曲を提供。2007年からAKB48の作曲編曲を開始し、『Beginner』などミリオンセラーを含む多くの作曲編曲を手がける。12年には『真夏のSounds good !』で第54回日本レコード大賞受賞。また、東京オリンピック聖火リレー公式BGMの作曲も手掛けた。

□成瀬英樹（なるせ・ひでき）1968年、兵庫県出身。作詞・作曲家。92年、4人組バンド・FOUR TRIPS結成。97年、TBS系ドラマ『友達の恋人』（瀬戸朝香・桜井幸子主演）の主題歌『WONDER』でデビュー。2006年にAAA『Shalala キボウの歌』で作曲家デビューし、AKB48に楽曲提供を開始。『BINGO!』『君はメロディー』などを手掛けた。そのほか、乃木坂46やWHITE SCORPION、風輪らにも楽曲を提供している。