日本郵政はなぜ“ブラック企業”となったのか 取材記者が明かす実態と民営化の影響…局長会は「集票マシン」

2007年10月、小泉純一郎政権下で民営化された日本郵政グループは現在、「ブラック企業化している」と言われている。かんぽ生命の保険不正販売問題を発端に、配達員のうつ病発症による過労死、年賀状や「かもめーる」(21年廃止)の過剰な販売ノルマ、政党と癒着し、会社で力を発揮する任意団体「局長会」の存在……。そんな闇に迫ったのが2月17日発売のノンフィクション『ブラック郵便局』(新潮社)だ。著者で西日本新聞記者の宮崎拓朗さんに話を聞いた。

インタビューに応じた宮崎拓朗さん【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた宮崎拓朗さん【写真:ENCOUNT編集部】

ノンフィクション『ブラック郵便局』著者・宮崎拓朗さんインタビュー

 2007年10月、小泉純一郎政権下で民営化された日本郵政グループは現在、「ブラック企業化している」と言われている。かんぽ生命の保険不正販売問題を発端に、配達員のうつ病発症による過労死、年賀状や「かもめーる」(21年廃止)の過剰な販売ノルマ、政党と癒着し、会社で力を発揮する任意団体「局長会」の存在……。そんな闇に迫ったのが2月17日発売のノンフィクション『ブラック郵便局』(新潮社)だ。著者で西日本新聞記者の宮崎拓朗さんに話を聞いた。(取材・文=平辻哲也)

『ブラック郵便局』は、新聞記者の取材力、調査報道としての使命がいかんなく発揮された渾身のノンフィクションだ。著者の宮崎さんは九州・福岡を中心にしたブロック紙の西日本新聞の記者。郵政グループをめぐる調査報道では第20回早稲田ジャーナリズム大賞など数々の賞に輝いている。

 世間を驚かせた「かんぽ生命の保険不正販売問題」(2019年)を深く掘り下げたのが宮崎さんだった。西日本新聞では、読者の疑問に記者が取材して答える「あなたの特命取材班」を編成している。

 当時、社会部遊軍記者だった宮崎さんは「かもめーるの販売ノルマがきつい。自腹で購入し、ノルマを達成している」とのメールを受け取り、2018年8月に記事化。すると、同じくノルマに悩む郵便局員から「かんぽ生命のノルマはもっときつい」などの告発メールが全国から届いた。これまでに届いたメールは1000通にも及ぶ。

 情報提供者に詳しく取材すると、高齢者を相手に、相続対策と称して13件の保険に加入させ、月々の保険料が50万円に達する異常な事例もあった。19年3月には「郵便局員違法営業68件/保険高齢者と強引契約/内規違反も440件/15年度以降」という見出しの一面ニュースを出した。

 この不正問題では契約の乗り換えに際し、販売員が「一定期間解約はできない」「病歴の告知をしなくても加入可能」など虚偽の説明を行ったり、販売ノルマ達成のため顧客の意向に沿わない契約の消滅、新規締結を繰り返すなど不正が疑われる契約が18万件あったとされる。

「本の内容は、ここ6年余りの取材をまとめたものです。最初はこんなに長い取材になるとは思ってもいませんでした。1つの問題を追っていると、次々に新しい問題が出てきて、その背景を調べていくうちに、自然と取材を続けることになりました。どんなに記事にしても、問題の根本が変わらないので、終わることなく続いていきました」と振り返る。

 宮崎さんが特に印象に残ったのは「さいたま新都心郵便局」の配達員Kさん(46歳)のケース。Kさんは23年間、旧岩槻市の郵便局で働いていたが、まったく土地勘のない場所に異動を命じられた上、はがきなどの物販ノルマにも悩んでいた。交通事故や配達ミスを起こした人物は朝のミーティングで「お立ち台」に立たされ、大勢の局員の前で反省の弁を述べるのが慣習だった。Kさんは異動希望も出したが、それは叶えられず、うつを発症し、2010年12月に局内で自死を選んだ。Kさんには妻と当時小学生だった3人の子どもがいた。

「パワハラ的な指導や無理なノルマが常態化し、その結果、人の命が奪われました。これは決して許されることではありません。ご遺族の奥さまはすでに4年間、労働基準監督署に労災認定を求めていましたが認められず、それでもあきらめずに活動を続けていました。労働局の担当者が私の書いた記事を読み、調べ直すことになったと伺ったときは、取材を続けてきてよかったと思いました。最終的に労災が認められましたが、その道のりは非常に厳しく、ご遺族の強い意志がなければ、ここまで来ることはなかったと思います」

民営化で「ノルマがより厳しくなった側面がある」

 同書では、疲弊する郵便局員の実態だけでなく、窓口業務を担う全国1万9000局ある小規模局の局長からなる「全国郵便局長会」の問題も指摘している。局長会は任意団体ながら、実質的に握る人事権で会社経営にも力を持つ一方、自民党の政治家を支援。顧客への贈答品として会社経費で購入したカレンダーを議員の後援会員に配布し、支持を呼びかけている実態を明かす。

「局長会は、参議院選挙で60万票以上を獲得したこともある集票マシンです。これは、ほかの業界団体と比べても圧倒的な数字で、自民党の重要な支持基盤になっています。かんぽ生命の不正販売後に新たに就任した増田寛也社長は、さまざまな改革で手腕を発揮しましたが、局長会にだけは触れられないのだと感じました」

 郵政グループのブラック化の要因とは何なのか。

「民営化によって浮かび上がった問題もありますが、公社時代から続いているものも多いのです。例えば、年賀はがきの販売ノルマは以前から存在していましたが、民営化によって『利益をしっかり出さなければならない』という意識が強まり、ノルマがより厳しくなった側面があります。民営化後、郵便局の数はほぼ変わっていません。もし、企業として適切な合理化を進め、効率的な経営ができていれば、そこまで無理なノルマを課す必要はなかったかもしれません。現状は、今あるものをすべて維持しようとするあまり、無理な経営になってしまっていると考えています」

 宮崎さんが取材を通して強く感じたことは、主に2つある。

「1つは、『組織に染まると、どんな異常なことでも当たり前になり、常態化してしまう』ということ。これは、郵便局に限らず、どの企業でも起こり得る問題です。もう1つは、『郵政グループという組織が、政治も絡む非常にいびつな構造になってしまっている』ということ。郵便局の統廃合の是非などについてはさまざまな意見があると思いますが、このまま放置していれば、また問題が繰り返されるのではないかと危機感を持っています」。現在は現場を離れ、デスクとして記者の原稿をまとめている立場だが、郵政グループのことは今後も追いかけていくつもりだという。

□宮崎拓朗(みやざき・たくろう)1980年、福岡県福岡市出身。京都大総合人間学部卒。西日本新聞社北九州本社編集部デスク。2005年、西日本新聞社入社。長崎総局、社会部、東京支社報道部を経て、18年に社会部遊軍に配属され日本郵政グループを巡る取材、報道を始める。「かんぽ生命不正販売問題を巡るキャンペーン報道」で第20回早稲田ジャーナリズム大賞、「全国郵便局長会による会社経費政治流用のスクープと関連報道」で第3回ジャーナリズムXアワードのZ賞、第3回調査報道大賞の優秀賞を受賞。

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