森山直太朗「僕がグレたら家族が崩壊する」 自我を抑えて生まれたトラウマ、解放してたどり着いた場所
シンガー・ソングライターの森山直太朗が3月1日にシングル『さもありなん』を配信リリースした。昨年10月にメジャーデビュー20年を迎えた森山は現在、自身最大規模の全国ツアー「素晴らしい世界」を展開中。昨年6月に東京・吉祥寺にあるライブハウスで幕を開けた全100本のツアーは、弾き語りやブルーグラス編成などを経て、フルバンドを引き連れた後半戦が始まったばかりだ。アーティストとしての“成人”を迎えてもなお、挑戦をし続ける森山に、「新曲」、「ライブ」、「20周年」という3つのテーマでインタビュー。初回は映画『ロストケア』(3月24日公開、前田哲監督)の主題歌に起用された新曲について聞く。
心身の不調から顔面マヒを発症 コロナ闘病中に「死を覚悟した」
シンガー・ソングライターの森山直太朗が3月1日にシングル『さもありなん』を配信リリースした。昨年10月にメジャーデビュー20年を迎えた森山は現在、自身最大規模の全国ツアー「素晴らしい世界」を展開中。昨年6月に東京・吉祥寺にあるライブハウスで幕を開けた全100本のツアーは、弾き語りやブルーグラス編成などを経て、フルバンドを引き連れた後半戦が始まったばかりだ。アーティストとしての“成人”を迎えてもなお、挑戦をし続ける森山に、「新曲」、「ライブ」、「20周年」という3つのテーマでインタビュー。初回は映画『ロストケア』(3月24日公開、前田哲監督)の主題歌に起用された新曲について聞く。(取材・文=西村綾乃)
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――新曲『さもありなん』は、高齢者介護の現場で起こった殺人事件を描いた映画『ロストケア』の主題歌ですね。
「はい。昨年ぐらいにお話をいただきました。映画の脚本を読んだ後、前田監督とお会いして、監督からは『ただの悲しい物語で終わってほしくない。みんなにとっての気づきになってほしい。そして、多くの人の考えるきっかけになってほしい』ということをすごく言われました」
――松山ケンイチさん演じる介護士は、連続殺人犯。なぜ彼が42人もの命を奪ったのかについて、検事役の長澤まさみさんが追及していきます。制作の中では、『ロストケア』の映像もご覧になったそうですね。
「はい。まだ編集もカット割りもされる前の映像を観ました。印象に残ったのは、松山さんと、父親役の柄本明さんの自宅でのやり取り。ワンカメ(1台のカメラで演技を追い続ける)で撮影された映像は、ふたりの暮らしをのぞいているようなリアルさがありました。僕自身、ワンカメが好きで、ミュージックビデオの制作でもワンカメで撮影することが多いので、作り手の思いを、しっかりと受け止めることができました」
――自宅の場面で、心に残った言葉はありましたか?
「お父さんは痴ほうを抱えているんですけど、頭がはっきりした状態のときに息子に自分の思いを投げかけるシーンがあって、その時に『もう自分じゃなくなっていくことが、怖いんだ』って言うんです。この言葉は、僕自身とシンクロしました」
――ふたりの会話のどのような部分がシンクロされたのでしょうか。
「僕はいま46歳で、まだ介護をしてもらう立場にはないんですけど、一昨年新型コロナウイルスにかかったことで、『死』を意識しました。平常時でも呼吸が荒くて、浅くって、健康体であることが自慢だったのに、ひとつの病によって無力さを感じたんです。コロナの少し手前には、顔面マヒも発症していて。僕の場合は脳ではなくて、神経だったから事なきを得たけど、脳から来ているものだったら、もう一生治らなかったかもしれなくて」
――それは大変なご経験でしたね。
「無理がきくこともあれば、そうではないこともあって。でも無理が続くと、人間の身体はとっても脆くて、自分ではどうしようもないポケットに入ってしまうんですよね。自分の身体と向き合うことは、心と向き合うことと同義語になんだと気付いたんです」
――確かに心の不調は、身体のあちこちをむしばみますよね。
「本当はこんな風に生きたいという思いを殺してしまうことって、誰でもあると思うんです。僕もありました。人間ってとっても面倒くさい生き物で、無垢なまま生まれてくるんですよね。吸収力のある状態で生まれて来る。でも自我が芽生えて、色々な経験をすると、コンプレックスの根源になるようなものができて、人格形成に影響を及ぼすようになる。僕は母親と父親の関係を見ていて、自分はバランス取りに徹していたっていうか。ここでグレたら、家族みんな終わりのような気もしていたので。そういう自我って、僕の個性でもあるけれど、歳を重ねて、自分と向き合ったり、他者と交わっていく上では弊害みたいにもなっていく」
――最初はトラウマと自覚もしていないことが、社会に出ていろいろな世界を知る中で抱えているものが変化していく。
「そうですね。向き合ってそれを解放していく。40代、60代でやる人もいるし、それはその人のタイミングなんだけど。つまり無垢のままから何かを得てまたその何かを手放していくっていうのが一つの人生のプロセスを踏んであるとしたら、まさに息子(松山)とお父さん(柄本)の関係っていうのは自分の中で得てしまった、トラウマを解放した結果なのかなって。だから『自分じゃなくなっていくことが怖い』っていう、自分じゃどうにも止められないという柄本さんの叫びは、実は介護とか高齢者ということではなくて、現代人が抱えている。慢性的な悩みでもあるんじゃないかって。自分の中で思い悩んでいた感覚と、すごくシンクロして、言葉としては一番響きました」
――柄本さんの「自分じゃ止められない」という言葉には、恐怖を感じました。歌詞にいかされた部分はありましたか。
「『♪無邪気なままの生命(いのち)で』です。この曲が持つ根源でもあるし、映画と高い打点で響き合っている。人間は生まれて、いつか死ぬもの。でも今度生まれ変わったときには、無邪気なままの命で……って」
映画『ロストケア』という作品が持つ、社会的な問題を超えた複雑に絡み合う、普遍的な人間の問題について、森山は「さもありなん」というひとつの視点を提示した。作品のジャケットは、ツアー中の森山が初めて訪問した新潟・佐渡島にある「旧相川拘置支所」で自ら撮影したものだという。
インタビューの2回目は、弾き語り、フルバンドなど形を変えながら音楽を届け続けている「ライブ」について聞いていく。
□森山直太朗(もりやま・なおたろう)1976年4月23日、東京都生まれ、フォークシンガー。02年10月にミニアルバム『乾いた唄は魚の餌にちょうどいい』でメジャーデビューした。その後、コンスタントなリリースとライブ活動を行い、昨年10月に20周年を迎えた。シンガー・ソングライターとしてももちろん、20年にはNHK連続テレビ小説『エール』に出演するなど、幅広く活躍している。
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映画「ロストケア」主題歌
森山直太朗 配信シングル「さもりありなん」
https://lnk.to/samoari
映画『ロストケア』 3月24日全国公開
公式サイト:https://lost-care.com/
出演:松山ケンイチ 長澤まさみ
鈴鹿央士 坂井真紀 戸田菜穂 峯村リエ
加藤菜津 やす(ずん) 岩谷健司 井上肇
綾戸智恵 梶原善 藤田弓子/柄本 明
原作:「ロスト・ケア」葉真中顕 著/光文社文庫刊
監督:前田哲 脚本:龍居由佳里 前田哲
主題歌:森山直太朗「さもありなん」(ユニバーサル ミュージック)
音楽:原摩利彦
制作プロダクション:日活 ドラゴンフライ
配給:東京テアトル 日活 c2023「ロストケア」製作委員会