名キャッチコピー「疲れたことない」の誕生秘話とは… リング上の瞬発力で生まれる棚橋メソッド

「カウント2.9から立ち上がれ 逆境からの「復活力」」(マガジンハウス)を刊行した人気プロレスラーの棚橋弘至は、どん底の低迷にあえいだ新日本プロレスの復活のキーマンだ。巧みな自己プロデュースで自身の知名度を高めてプロレス振興につなげ、「痛い」「怖い」というプロレスの負のイメージをぶっ壊した。今回はエースの流儀に迫った。

棚橋弘至が自己プロデュースの極意を語った【写真:山口比佐夫】
棚橋弘至が自己プロデュースの極意を語った【写真:山口比佐夫】

絶対的エース・棚橋弘至インタビュー(2)

 人気プロレスラーの棚橋弘至は、どん底の低迷にあえいだ新日本プロレスの復活のキーマンだ。巧みな自己プロデュースで自身の知名度を高めてプロレス振興につなげ、「痛い」「怖い」というプロレスの負のイメージをぶっ壊した。今回はエースの流儀に迫った。

――1999年に新日本プロレスに入門。一方で、新日本プロレス自体は2000年代に入って総合格闘技ブームやスター選手の退団などで下降線に。2010年代半ばに改革の成功もあって、人気はV字回復を遂げました。棚橋選手の自己プロデュースの面で言うと、今回の新著では「100年に一人の逸材」のキャッチコピーの誕生秘話が明かされています。自ら発信するスタイルにはいつから取り組み始めたのですか。

「2006年7月に初めてIWGPヘビー級のチャンピオンになった前後です。新日本プロレスの底の時期でもありました。僕はチャンピオンベルトが人を呼ぶものだと思ってずっとやってきました。当時は大会前の休みの期間に、大会の開催都市に先乗りしてプロモーションを行っていましたが、なかなか知名度を獲得できない。こうした中でプロレスを売り込むのではなくて、『棚橋弘至』という人間を売り込んでいく方法論を考えました。例えば、クセのあるキャッチコピー。『疲れたことがないです』など、いろいろと言い始めたのです」

読書や映画鑑賞を通して「いい言葉」をストックしている【写真:山口比佐夫】
読書や映画鑑賞を通して「いい言葉」をストックしている【写真:山口比佐夫】

名文句「俺は生まれてから疲れたことないんだ」の驚くべき誕生秘話

――まずは個人の知名度から広めるという手法です。

「名前を覚えてもらうこと。まず人の記憶に残りたかったからですね」

――何か参考にしたものはありますか。

「仮面ライダーが好きだったので仮面ライダーのセリフを参考にしました。あとは本を読んだり、映画を観たりする日常の中で、いい言葉だなと思ったことをストックしておきます。すぐに使えるわけではないけど、いつか使うかもしれないぞ、と。そうするとリング上のマイクアピールでがちっと状況がかみ合ったときに、ストックしてある言葉が瞬発力でぱーんと出るんですよ」

――リング上で自然と出てくるのですか。

「一番いい例があります。あるときお付き合いで飲み屋さんに行ったときの女の子との会話です。女の子が『お疲れ様です』と言ってきました。僕はたまたま疲れていなかったので、『ありがとう。でも大丈夫。俺は疲れていないから』と言ったら、女の子が『疲れないんですか、すごい』となったんですね。この経験によって、疲れないタフな男は女子受けがいいと思って、ストックしていたのです。これが、2012年1月に東京ドーム大会で『V11』連続防衛を達成した時につながります。オカダ・カズチカが登場して『棚橋さん、お疲れ様でした』と言って世代交代の下克上を突き付けてきたのですが、『お疲れ様でした』というキーフレーズと記憶がばちっとはまって、『悪いなオカダ、俺は生まれてから疲れたことないんだ』という言葉が出てきたのです。それ以来、棚橋は疲れないというイメージと、十字架を背負うことになりました(笑)」

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