「ニューハーフ」の語源…ベティさん死去 家族ぐるみで親交あったハイヒール・モモコが追悼「突然すぎてショック」

お笑いコンビ・ハイヒールのモモコが5日、木曜レギュラーを務めるMBSラジオ『松井愛のすこ~し愛してMORE』(月~金曜午後2時)に出演。2日に死去したことが判明した、ニューハーフの草分け的存在で大阪の老舗ショーパブ「ベティのマヨネーズ」のママ、ベティさんを追悼した。

ハイヒールのモモコ【写真:ENCOUNT編集部】
ハイヒールのモモコ【写真:ENCOUNT編集部】

MBSラジオ『松井愛のすこ~し愛してMORE』でしのぶ「ママらしく豪華に送ろうってなって」

 お笑いコンビ・ハイヒールのモモコが5日、木曜レギュラーを務めるMBSラジオ『松井愛のすこ~し愛してMORE』(月~金曜午後2時)に出演。2日に死去したことが判明した、ニューハーフの草分け的存在で大阪の老舗ショーパブ「ベティのマヨネーズ」のママ、ベティさんを追悼した。

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 MBS・松井愛アナウンサーから「ベティママさんが亡くなったっていうニュースが飛び込んできて。それこそモモコさんと本当に仲良し」と紹介されたモモコは、「超仲良し。本当に仲良しやと思います」と肯定。

 松井アナは「11月2日に亡くなったということなんですよね。『ニューハーフ』という言葉というのも桑田佳祐さんが造った造語なんですってね。全然知らなかったです」と言うと、モモコは「そう。それはベティママが桑田さんの作詞・作曲(『I LOVE YOUはひとりごと』)でデビューする時、桑田さんに会った時に『私、男と女のハーフです』って言ったら、(桑田が)『新しいね。“ニューハーフ”だね』って言うて、それがキャッチコピーになってデビューしたっていう」と経緯を明かした。

 若手時代にハイヒールのテレビ番組で、レギュラーだったベティママと共演していた松井アナは「ニューハーフさんっていう方とそれまで出会ったことなかったんだけど、すごく優しくしてくださったのを覚えてます。お店にも何度か行かしていただいた」と感謝の思いを口にした。モモコは「本当に優しい人。“人間”って感じね。男とか女関係なしに。人間。ママは体は一切、いじってなくて」と話した。

 40年来の付き合いだった。テレビ番組の見合い企画をきっかけに結婚した夫・小林政仁さんとは、“見合い”後、「ベティのマヨネーズ」で再会。ベティママが事実上、仲をとりもったという。モモコは「テレビで見合いしたウチのダンナと『ベティのマヨネーズ』で会うて。『嫌やわ。私が電話で和泉修とか(当時)非常階段・シルクと待ち合わせしたのを聞いて来たんちゃう?』と思ってたら、彼は彼で『“ベティのマヨネーズ”は(京都から)大阪に来たら行きたいな』と思って行ったらしいけど。彼も常連になって来るようになって。私は『またテレビで見合いしてる子、来たわ』って思ってた」と振り返った。

 その後、ベティのママからアフターの食事に誘われ、「(3人で)ご飯行くようになって。だから、ママがきっかけで仲良くなったようなもん。『あんた、小林君、いい子よ』って」と打ち明けた。夫も含めて3人で有馬温泉や韓国にも行ったといい、モモコは「ママは体をいじってないから、お風呂は男湯入らなあかんねやんか。でも、貸し切りの時は3人で一緒に入ったり」と話した。

 親交の深さは本物で、モモコの長男誕生の際もベティママが真っ先に来て抱いてくれたとし、3人の子どもの20歳の誕生日は全員「ベティのマヨネーズ」でシャンパンで祝福されたと明かした。10月に2回会う予定があったというモモコ。1回はベティママの体調が悪くキャンセル、もう1回はママの韓国行きで立ち消えたが「元気だった」とした。「本当に突然すぎてショックやった」と明かした。帰国後すぐに顔を見たというモモコは、今後について「ちょっと先なんですけど、またホームページで発表しはると思うんやけど、ママらしく豪華に送ろうってなって」とお別れの機会が設けられるとした。「思い出の尽きないぐらい面白いママでした」と結んだ。

次のページへ (2/2) 【写真】「ベティのマヨネーズ」のママ、ベティさん
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