異国で突然連呼された日本人の名前「タカダ!」の正体 実は30年前にカザフで一世風靡「見ろよ!」
日本から遠く離れた中央アジアの国で日本人の名前をよく耳にした。男性たちが口にするのは、かつてリングで活躍したプロレスラー。人気を博したのは約30年前だが、今なおその世代には愛されていた。世界を旅するバックパッカーのheiさんが、「海外で見つけたニッポン」や「日本にはない光景」などをお届けするこの連載。第6回は、カザフスタンで知った日本人レスラーの意外な知名度について。

「タカ~ダ!」日本人と知ると飛び出す名前
日本から遠く離れた中央アジアの国で日本人の名前をよく耳にした。男性たちが口にするのは、かつてリングで活躍したプロレスラー。人気を博したのは約30年前だが、今なおその世代には愛されていた。世界を旅するバックパッカーのheiさんが、「海外で見つけたニッポン」や「日本にはない光景」などをお届けするこの連載。第6回は、カザフスタンで知った日本人レスラーの意外な知名度について。
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カザフスタンを旅していると、40~50代の男性から何度も同じ言葉を聞いた。「タカ~ダ! タカ~ダ!」。こちらが日本人だと分かるや否や、興奮気味に名前を口にする。「知らないの? ブシドーだよ」と動画を見せられた。
最初は誰のことか分からなかったが、スマホ画面に映っていたのは若き日の高田延彦だった。彼らによると、1990年代に人気を博した日本のプロレス団体「UWFインターナショナル」の試合が、「Bushido」のタイトルでカザフスタンでも放送されていたという。
当時の看板選手だった高田の特集回まであったそうで、カザフスタンの人々にも強い印象を残していたようだ。45歳の男性はスマホで動画を探しながら少年時代を振り返った。
「タカダは本当に強かった。小さい頃に憧れた。俺たち世代のヒーローだったんだ」
画面に映し出されたのは、高田とライバルのゲーリー・オブライトによる名勝負。「ほら、これを見ろよ! 興奮したなぁ」と懐かしそうに見つめる姿から愛情が伝わってきた。
今も鮮明に残る格闘技の記憶
彼らにとって、子どもの頃に夢中になった日本のプロレスが格闘技の原体験の一つになっていた。当時のテレビ事情についても教えてくれた。
「今はボクシングやUFCが人気。でも、昔はテレビで放送されていたのが『ブシドー』くらいだったんだよ。とても人気だった。そもそもUFCみたいな総合格闘技なんてまだ知られていなくて、ブシドー以外は放送もされていなかったんだ」
UWFインターナショナルは91年に設立され、96年に活動終了したプロレス団体。高田を中心にオブライトら海外の実力派レスラーも参戦し、独自の格闘技色の強い試合を展開した。
カザフスタンでは「Judo」と書かれたジャージを着た若者を何度か見かけ、「ヒフミ! ウタ!」と阿部兄妹の名前を言われた。だが、一定の世代では「タカダ」が多数。日本のプロレスが国境を越えてファンを沸かせ、一世を風靡(ふうび)したことを感じさせるものだった。
□hei(ヘイ) 大学時代にバックパッカーとしてアジア、南米を放浪。新聞社に5年、ネットメディアに6年勤め、スポーツを中心に取材・執筆・編集活動をしたのちに退職。30代半ばで世界一周の旅に出た。旅のコラムをnote「元スポーツ記者の世界一周記(https://note.com/yohei_sports)」にて執筆中。
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