「歌もダンスも苦手」矢部美穂が語る、デビュー33年目の挑戦と亡き憧れへの恩返し「中山美穂さんがいたから助けてもらった」

タレントの矢部美穂は、今年還暦でデビュー35周年の大事MANブラザーズ・立川俊之とのデュエット曲『No Turning Back』を10月26日に配信リリースする。昭和の許されない大人の恋を連想する歌詞と、どこか懐かしさを感じさせるメロディーに、立川のギターカッティングと印象的なアレンジが昭和にとどまらない、令和の歌謡スタイルを感じさせる。矢部が50代目前にして音楽活動への思いを強める理由を聞いた。

インタビューに応じた矢部美穂【写真:増田美咲】
インタビューに応じた矢部美穂【写真:増田美咲】

今年4月に初ライブ開催

 タレントの矢部美穂は、今年還暦でデビュー35周年の大事MANブラザーズ・立川俊之とのデュエット曲『No Turning Back』を10月26日に配信リリースする。昭和の許されない大人の恋を連想する歌詞と、どこか懐かしさを感じさせるメロディーに、立川のギターカッティングと印象的なアレンジが昭和にとどまらない、令和の歌謡スタイルを感じさせる。矢部が50代目前にして音楽活動への思いを強める理由を聞いた。(取材・文=小田智史)

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 矢部は今年4月、芸能界33年目にして初のライブ「矢部美穂ファーストライブ Tribut to Miho Nakayama~中山美穂に捧ぐ~」を開催。音楽活動にも力を入れるようになったきっかけは、公演タイトルにもあるように、2024年12月に逝去した俳優・中山美穂さん(享年54)の存在だった。

「もう100%、中山美穂さんがきっかけです。私は中山美穂さんが大好きで、中山美穂さんの顔になりたくて芸能界に入りましたし、いつか共演できたらいいなと思っていました。2024年9月の『アウト×デラックス」(フジテレビ系)に中山美穂さんがゲストで来られるということで、31年かかってようやくお会いすることができた時は本当に大興奮・大号泣でした。その年の12月に中山美穂さんが亡くなって。私は学生の頃にいじめられっ子で、中山美穂さんとSMAPがいたから助けてもらったところがあったので、『何か返していきたい』『微力ながらでも繋いでいけたらいいな』と思いました」

 今年4月の「矢部美穂 First Live Tribut to Miho Nakayama ~中山美穂に捧ぐ~」は大盛況。ライブを観て、涙する中山さんのファンもいたという。7月には「MIHO YABE 2nd Live」も開催し、こちらも完売だった。

「私は歌もダンスも苦手なんです。もし得意だったら、きっとアイドル歌手になっていました(笑)。振りとかが嫌いになってしまったら嫌なので、約1年かけてゆっくりゆっくり無理せずに覚えて、今年からボイトレも始めて、4月に1stライブをしました。ダメだったらもうやめようと思ったんですけど、好評だったので7月に2ndライブもやらせていただきました。来年も(1月5日に)ハッピーニューイヤーライブをやって、年2回やっていこうと考えています」

立川俊之にデュエット曲を直談判した【写真:増田美咲】
立川俊之にデュエット曲を直談判した【写真:増田美咲】

大事MANブラザーズ・立川俊之にデュエット曲を直談判

 矢部はアイドル時代の1996年、8月にデビュー曲『シャボン玉』、11月に『スリル』をリリースしている。当時は「ステージでは全部口パクだった」と告白する“苦手分野”だけに、30年の月日を経て、大事MANブラザーズ・立川とのデュエット曲『No Turning Back』をリリースすることになる未来は全く想像していなかったという。

「この年齢でまさか、ですね(笑)。1980年代の方たちが今結構ライブ活動されていて、見に行ったりもして、『いいな』『私もやりたいな』と憧れはありました。でも、私は歌もダンスもできないし、お客さんも来ないだろうと思っていたので。来年50(歳)。(経営するバーの)YABEKEをやっていることもあって、人脈が自然とできてきて、びっくりしました」

 矢部と立川の最初の出会いは16年前。矢部がある企画でグループを組み、その現場ですれ違う時にあいさつを交わした程度だった。時を経て、あるマンションのゴミ置き場で再会。その時もあいさつ程度だったが、今年に矢部が「ライブをしたい!」と一念発起し、YABEKEを訪れた立川にデュエットを直談判した。

「YABEKEに飲みに来てくださった際、酔った勢いで『エロカッコいい曲を作ってください』と言ったらすぐに曲を作って来てくださったんです。立川さんはもうやる気満々でした(笑)。私が1stライブで声を潰してしまったので少し時間をいただいて、8月に録って、10月26日にリリースします。1stライブをやっていなかったら全てないので、不思議な縁を感じます」

 デュエット曲『No Turning Back』は、昭和の許されない大人の恋を連想する歌詞と、何処か懐かしさを感じさせるメロディーに、立川のギターカッティングと印象的なアレンジが“今”を感じさせ、昭和に留まらない令和の歌謡スタイルを表現している。「私が今までに歌ったことのないジャンルの曲」だと、矢部は話す。

「昭和っぽい曲は『銀座の恋の物語』(石原裕次郎×牧村旬子)、『ロンリー・チャップリン』(鈴木聖美 with Rats&Star)とかいろいろあるんですけど、どちらかと言うと工藤静香さんと石橋貴明さんが出された(『A.S.A.P.』の)ような少しエロチックな感じです(笑)。私はアイドル系ばかりカラオケでも歌ってきたのですごく苦労しました」

今後も音楽活動は続けていくつもりだ【写真:増田美咲】
今後も音楽活動は続けていくつもりだ【写真:増田美咲】

ライブの構成は全て自分で考案

 今回はミュージックビデオ(MV)も制作され、「完成版を見たんですけど、めちゃくちゃ良かったです、矢部美穂!」と笑顔を見せる。

「自分で言うのもなんですが、『めっちゃいいじゃん!』と思って、“女優・矢部美穂”でした(笑)。昔はできなかったのに、気持ちを入れるやり方・引き出しが多くなったおかげで泣きのシーンでは芝居に入りやすかったので、新たな自分も発見できました。カラオケ屋さんで流れるMVに出るのがずっと夢だったんです。1回だけ出たことがあるんですけど、それは世の中にはほぼ出ていなくて、みんな私が出ているのを見たことがない。自分が出ているMVを見ながら歌いたい気持ちもあったので、今回それが同時にかなって本当にうれしいです」

 ライブでは、セットリストやトークなど構成を自分で考えているという矢部。中山さんのファンとの縁も含めて、今後も音楽活動は続けていくつもりだ。

「私、トークだけは場数を踏んできたせいか、『面白い』と言ってもらえるんです(笑)。1stライブに来てくださった方がリピートしてくれて、リピートした方が新しいお客さんを連れてきてくれて、どんどん幅が広がっています。リアクションがなかったら、『私は必要ないんだ』と思ってしまいますけど(笑)、そうではないので、これは中山美穂さんが『続けて』と言っているのかなという気持ちになっています」

□矢部美穂(やべ・みほ)1977年6月7日、北海道生まれ。アイドル雑誌『Momoco』のオーディションでグランプリに選ばれ、16歳で芸能界デビュー。その後、グラビアを中心に活動し、ドラマ、映画、CM、数々のバラエティー番組出演を重ねた。2010年に東京・世田谷にバー「YABEKE」をオープン。22年、騎手の山林堂信彦と結婚。156センチ。血液型A。

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