家族がバラバラに…「趣味の車はもうやれない」→2200万円ハコスカ購入 「再開してよかった」壮絶な過去

9月6日、福島・双葉町の福島県復興祈念公園で「第2回 名車の祭典 in双葉町」が開催された。2011年の東日本大震災、その後の福島第一原子力発電所事故で甚大な被害を受け、今も復興の途上にある地域を盛り上げようと始まったカーイベント。スタッフの1人で、双葉町に隣接する大熊町出身の60代男性は、被災後、長引く避難生活の中で大切な愛車を手放し旧車趣味を封印した。そこにはどんな決断と葛藤があったのか。開催に込めた思いを聞いた。

忘れかけていた情熱が再燃…ミニバン一辺倒から車趣味を再開【写真:ENCOUNT編集部】
忘れかけていた情熱が再燃…ミニバン一辺倒から車趣味を再開【写真:ENCOUNT編集部】

【愛車拝見#387】長引く避難生活の中で大切な愛車を手放し、旧車趣味を封印

 9月6日、福島・双葉町の福島県復興祈念公園で「第2回 名車の祭典 in双葉町」が開催された。2011年の東日本大震災、その後の福島第一原子力発電所事故で甚大な被害を受け、今も復興の途上にある地域を盛り上げようと始まったカーイベント。スタッフの1人で、双葉町に隣接する大熊町出身の60代男性は、被災後、長引く避難生活の中で大切な愛車を手放し旧車趣味を封印した。そこにはどんな決断と葛藤があったのか。開催に込めた思いを聞いた。

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 福島県東部の浜通りに位置する双葉町や大熊町は、東日本大震災で甚大な被害を受けた地域。東京電力福島第一原子力発電所の事故では全町避難を強いられ、一部地域で避難指示が解除されたのは4年前のことだ。町の面積の大部分はいまだに立ち入り制限が続いている。

 震災当日、運輸関連の仕事をしていた男性は、激しい横揺れに遭い、地震発生直後の午後3時には職場を離れて大熊町の自宅へ向かった。妻と高校1年生の長男、中学3年生の次男、高齢の両親は全員無事で、倒壊などの目立った被害もなかったが、余震が相次ぐなか、家屋への立ち入りはためらわれた。

「オール電化だったからね。暖房は使えず、さしあたり今晩をどうしのぐか。結局、家族全員エスティマの車内で一晩を過ごしたんです」

 翌3月12日、福島第一原子力発電所の事故により、大熊町全域で避難指示が発令。バスや自衛隊車両などに分かれ、当初は同じ福島県内の避難所に身を寄せた。震災4日後には、親戚を頼り、高齢の両親は栃木に、家族4人は東京へ。その後も会津の旅館で約1か月半を過ごすなど、5月に借り上げ住宅に入居するまで、各地を転々とした。

「柴犬も飼っててね。震災当時はまだ1歳だった。地震当日は泣く泣く置き去りにして、3日後に何とか戻って連れ帰って……でも避難所はどこもペットの受け入れはしてくれない。借り上げ住宅に入るまでの2か月間、ずっとエスティマを小屋替わりにして世話した。その犬も去年の暮れに死んじゃったけど……。

 あのときはエスティマに救われた。ガソリンさえあれば、ワゴン車は家より頼りになる存在。情報だって、車載テレビで集めてたから。本当に、車だけが命綱。あの経験をしちゃうと、もう趣味の車はやれないなと」

震災当時は4台を所有も「着の身着のまま、エスティマ以外は置いてきた」

 男性の愛車遍歴は華々しい。フェアレディZ S30型に始まり、セドリック/グロリアは430型、Y30型、Y31型と3台を乗り継いだ。その他にもR32型スカイライン、センチュリー、初代ハコスカGT-R……。震災当時も85年式120系クラウン スーパーチャージャーなど、4台を所有していたが、「着の身着のまま、エスティマ以外、車は全部置いてきた」と振り返る。

 5月には会津の借り上げ住宅に入居。だが、家族はバラバラのままの日々が続いた。専門学校進学が決まっていた次男は郡山で下宿、高齢の両親はいわき市小名浜へ。週末は家族全員、小名浜で集合するのが習慣となった。同じ福島県内でも、移動距離は往復300キロにも及ぶ。15年に南相馬市に中古住宅を購入するまで、遠距離生活は4年ほど続いた。

「毎年1台、12~13万キロ走って、中古のエルグランドを5台も乗りつぶしたよ。うち1台は買って1か月のスリップ事故だったけどね。とにかく、車が生活の手段である以上、趣味の車をやる余裕はなかった」

 震災から2年ほどがたったころ、一度だけ、愛車が眠る大熊町の自宅へ様子を見に行ったことがある。3台は変わらぬ姿で主人の帰りを待っていたが「放射能がついてるから。もう乗れない」。苦渋の末に、処分を決断した。

 長年ミニバン一辺倒だった男性が、一度は離れた車趣味を再開したのは6年前のこと。縁あって親戚のハコスカを譲り受けると、忘れかけていた情熱が再燃した。この日のイベントでは、趣味再開後2台目のハコスカとなるPGC10型スカイライン2000GT-Rで参加。6年前に約2200万円で購入したもので、今では仕事用のプリウスの他、センチュリー、410ブルーバード、初代カローラ、初代ビート、抹消登録中のプレジデントなど6台を所有。すっかり愛好家の顔を取り戻している。

「紆余曲折あったけれど、再開してよかったなと思う。公道に出ると、四つ葉マークつけたじいさんたちの目の輝きが違うんだ。声をかけられたり、『俺も昔は乗ってたんだ』と生き生きとした表情で昔話をされることもある。旧車には街を元気にする力がある。このイベントも、いずれは復興のシンボルになる」

 いまだ立ち入り制限が続き、戻る人も少ない福島県東部の浜通り一帯。旧車のエンジン音が、いつの日か町に活気を呼び戻すことを祈っている。

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