大貫勇輔、“理想の父親”を演じていた子育て 気付けばそれが自分へと変化「俺、父親になれた」
ダンスエンターテイメント演劇『PASSION ―北斎の描く夢―』(10月22日~11月3日、横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール)に主演する大貫勇輔(38)。キャリアを外から眺めれば、恵まれた身体能力を武器にダンサーから俳優へと活動の幅を広げ、舞台、ドラマ、映画と順調に階段を上ってきたようにも映る。しかし、本人の言葉をたどると、その節目には何度も「届かない」という感覚があった。

ダンサーから俳優へ「必死にやっているのに届かない」
ダンスエンターテイメント演劇『PASSION ―北斎の描く夢―』(10月22日~11月3日、横浜赤レンガ倉庫1号館3Fホール)に主演する大貫勇輔(38)。キャリアを外から眺めれば、恵まれた身体能力を武器にダンサーから俳優へと活動の幅を広げ、舞台、ドラマ、映画と順調に階段を上ってきたようにも映る。しかし、本人の言葉をたどると、その節目には何度も「届かない」という感覚があった。(取材・文=平辻哲也)
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ダンスを始めたのは7歳。将来、プロになろうと思っていたわけではない。
「全然、プロのダンサーになろうと思ったことは1回もなかったです」
15歳ごろから、神奈川・あざみ野にある「野坂公夫・坂本信子ダンスワークス」でモダンバレエのレッスンを受けるようになった。そこで舞台出演を勧められ、初めて報酬を受け取る仕事につながった。
「それを見ていた人が声をかけてくれたりして、ずっと数珠つなぎでつながったんです。18歳ぐらいには、ダンスだけでバイトもしないで食べられるようになっていました。将来、何かになろうという意識もなく積み上がってきて、自然とダンサーになっていた」
本人にとっては「仕事をしている」という感覚さえ薄かった。
「好きで、無我夢中で、ただ楽しいからやっていたら、それが生活の一部、職業になっていた。取材とかを受けるようになって、『あ、そっか。俺、プロのダンサーか』みたいな感じでした」
転機になったのが、2011年のミュージカル『ロミオ&ジュリエット』だった。
ダンスという世界をもっと広く知ってもらうにはどうすればいいのか。そう考えていた時にオーディションの話を聞いた。
「ミュージカルとなると、もう一つ大きく広がるので、『あ、これだ』と思ったんです」
オーディションに合格し、「死」のダンサーとして出演。そこでホリプロから声をかけられた。それまで歌や芝居よりも「ダンスが一番」と考えていたが、作品そのものに心を動かされた。
さらに演出家の小池修一郎氏から声をかけられ、次に挑んだ『キャバレー』では主演の藤原紀香の相手役として俳優デビューした。
「右も左も分からなかったです。歌う、しゃべるということが分からなかった。藤原紀香さんに相手役として本当に支えてもらいましたし、杜けあきさん、木場勝己さん、小池先生にも、いろんなことを教えてもらいました」
それは苦闘の日々だったと振り返るが、逃げ出したいとは思わなかった。代わりに湧いてきたのは悔しさだった。
「『悔しい』という気持ちでした。どうやったらできるか分からなかったので。引き出しがなさすぎて。自分では必死にやっているのに届かない。その苦しみはありましたね」

比重は俳優に置きつつも「僕の真ん中に通っているものはダンサーです」
公演後は芝居のワークショップに通い、歌のレッスンを重ねた。映像や舞台の仕事を続けながら、小さな積み重ねを繰り返した。
その後の大きな転換点として挙げるのが、『メリー・ポピンズ』と『ビリー・エリオット』だ。中でも『ビリー・エリオット』では、タイトルロールを務める少年たちの姿に衝撃を受けた。
「本当の努力をすれば、人間はここまで変わることができるという結果を見せつけられてしまったんです」
ダンス、タップ、アクロバット、芝居、歌。少年たちはすべてを高いレベルで身につけ、公演を重ねるほど成長していった。
「俺、無意識のうちに『ダンサーだから』と思っていた。『だって俺、こんなに踊れるからいいじゃん』って、どこかで思っていたんだなと」
それまであった甘えに気付かされた。
「僕には足りなかった。もっと妥協せずに向き合わなきゃいけないと思いました。そこから一つ上がれた感じがあります。僕はむしろ、そこからキャリアがスタートしたと思っているぐらい。本当の役者人生が始まったという思いがあります」
現在、自分を「ダンサー」と「俳優」のどちらだと考えるのか。
「比重で言ったら、やっぱり役者ですよね。ただ、僕の真ん中に通っているものはダンサーです」
だからこそ、『PASSION ―北斎の描く夢―』には特別な思いがある。久しぶりにダンスを主軸にしながら、俳優として積み重ねてきた経験も総動員する作品だからだ。

演じることから入った“父親”…徐々に実感「俺、父親になれたな」
一方、仕事以外でも大きな変化があった。結婚をし、長男、長女をもうけた。
大貫自身は父親がいない家庭で育った。その経験が、『ハリー・ポッターと呪いの子』のせりふと重なったという。
「『だって、手掛かりが何もないんだよ。大抵の人は自分の父親をもとにして、ああなろうとか、ああはならないようにしようとか考えるだろう』というせりふがあるんですけど、こんなに実感を持って言えることってないんですよ」
実生活では子育てを始めて4年になる。
「子どもの前では、自分が理想とする父親像を演じている。でも、ずっと理想の父親を演じていると、それが自分になるんです。今、やっと『あ、俺、父親になれたな』と。演じることから入ったけど、今は実感を伴った生活を送れるようになった」
俳優という仕事が、自身の人生を助けてくれたと感じている。
「人生の嫌なことがあった時に、『うわ、この気持ちありがてえ』と思うんですよ。いつか別の役で使える時が来るじゃないですか、苦しみって。いろんな苦しみはあるけど、『この苦しみ、ありがてえ』と思えるものと出会えた。だから僕はいつも救われているんですよね」
子どもの存在は、仕事への向き合い方も変えた。
「今までは仕事が一番だった。今も一番だけど、それと同じくらい子どもたちも一番です。初めて自分以外のために死んでもいいと思える存在ができた。こんな幸せなことはないと思います」
子どもを見ていると、自分自身の幼少期の記憶がよみがえることもある。
「『あの時、俺、寂しいと思っていたんだ』とか、自分がふたをしていた悲しい思いや寂しい思いが出てくるんです。だから、自分がしてほしかったことを全部してあげようと思って。彼らがしてほしいことも全部してあげようと思って」
もっとも、愛情を注ぎ過ぎている自覚もある。
「甘々ですよ。ちょっとヤバいかもと思うぐらい、わがままに育ちまくっていて(笑)。ちょっと矯正していかなきゃなとは思っています。でも、愛をちゃんと注げば、間違いはないんじゃないかなと思っています」
自身の「パッション」の源を尋ねると、こんな答えが返ってきた。
「何のために生まれてきたのかな、何のために生きているのかな、何に喜びや幸せを感じるんだろうと永遠に考えた時期があって。出た答えが、『何かを変えたい』だったんです。自分自身を変えた時だったり、人の何かを変えた時だったり、感動させた時だったり。その変化していく、進化していくというものが自分の喜びなんだと気付いたんです」
ダンサーから俳優へ。そして父親へ。変化を重ねること自体が、大貫にとって生きる原動力なのかもしれない。
□大貫勇輔(おおぬき・ゆうすけ)1988年8月31日、神奈川県座間市出身。ホリプロ所属。身長180センチ。卓越した身体能力を武器に、マシュー・ボーン、インバル・ピントら世界的演出家の作品に出演。ドラマ『ルパンの娘』シリーズでは円城寺輝役を演じ、NHK大河ドラマ『どうする家康』では浅井長政役を務めた。ほかにドラマ『グランメゾン東京』、映画『KAPPEI カッペイ』などに出演。アニメ『富豪刑事 Balance:UNLIMITED』では主演声優、映画『キャッツ』ではスキンブルシャンクス役の日本語吹き替えを担当した。
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