スーツアクター→ヨガ講師→プロレス…美ボディー日本一女子・山中絵里奈の転機はいつも「母の言葉」

学生時代も、上京してからも、いろいろあった。その中で、母が導いてくれた先にはヨガとボディメイクがあった。そしてその先には、プロレスが……ベストボディ・ジャパンプロレスリングのリングでデビューした山中絵里奈は、プロレスラーとしてのスタートは遅かったものの、今やマリーゴールドでベルトを保持するほどの存在となった。その山中へのインタビュー前編ではヨガインストラクター、そしてベストボディ・ジャパンについてのお話を。

ヨガ、ベストボディ・ジャパンとの出会いを語った山中絵里奈【写真:橋場了吾】
ヨガ、ベストボディ・ジャパンとの出会いを語った山中絵里奈【写真:橋場了吾】

母からの助言でスーツアクター、そしてヨガの道へ

 学生時代も、上京してからも、いろいろあった。その中で、母が導いてくれた先にはヨガとボディメイクがあった。そしてその先には、プロレスが……ベストボディ・ジャパンプロレスリングのリングでデビューした山中絵里奈は、プロレスラーとしてのスタートは遅かったものの、今やマリーゴールドでベルトを保持するほどの存在となった。その山中へのインタビュー前編ではヨガインストラクター、そしてベストボディ・ジャパンについてのお話を。(取材・文=橋場了吾)


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 山中絵里奈は、大阪府豊中市出身。同郷のレスラーには髙木三四郎や瑠希也(ともにDDT)、ウナギ・サヤカらがいる。学生時代は空手やテニスをやっていたが、ガチガチに取り組んでいたわけではなかった。その中で、ずっと続けていたものがあった。

「高校時代に、スーツアクターの仕事を始めたんです。高校を卒業して半年後に中国に留学したんですけど、その留学するまでの3年半くらいですかね。(筆者「学生生活と両立?」)週末ヒーローって感じですね(笑)。戦隊ものが多かったです。中学を卒業してアルバイトをやってみたいなと思って、母が『こんなのあるけど、好きそうやん』と情報誌を見せてくれたのがきっかけです。そもそも人前に立つことは好きだったんですよね。それで面接に行ったら、来るもの拒まずの会社でそのまま入ってしまいました(笑)」

 母親の知り合いの関係もあって、中国へ留学した山中。中国には3年弱ほどいて帰国したのだが、そのタイミングで東京へやってきた。

「中国にいたときに、スーツアクター時代に一緒に働いていた方が東京でスタント会社をやるということで。スーツアクターの仕事が好きでしたし、(素顔で)人前に出るチャンスもあるということで芸能界にも憧れがあって……甘い囁きに乗っかって、親の反対を無視して大阪に帰らずに東京に来ちゃった感じです。結局、表にはそんなに出ていないんですけど(笑)。舞台に出ながらバイトをする日々でしたね」

 その後、山中はヨガと出会い、現在に続くインストラクターの道につながっていく。

「フリーターのように過ごしていた状況を母が見かねて、(母が)友達と行ったビクラムヨガが面白いから行ってみようと誘われたんです。そのときは、舞台だったり夜帯のバイトだったり、昼夜が逆転して精神的な波もあって……それで、大阪で気分転換で一緒にヨガに行こうよと。そうしたら、想像していたヨガと違ってフィジカルトレーニング色が強くて面白かったんですよね。

 ホットヨガで、ガンガン汗をかいて体を動かしてっていう。それで、当時(東京の)住んでいた近くの教室に毎日行くようになって、母から『インストラクターが合っていると思うねんな』と……全部、母に言われた方向に進んできちゃっているんですけど(笑)。やっぱり毎日通っているうちにハマっていって、じゃあ目指してみようかなと。2013年にヨガを始めて、それから1年間生徒として通って、2014年にタイで2か月間ホテルに缶詰めになってトレーニングして資格を取りました」

プロレスラーとしては飛び技もこなす【写真:(C)マリーゴールド】
プロレスラーとしては飛び技もこなす【写真:(C)マリーゴールド】

体力も運動神経も自信があったのに…意外にできなかったヨガインストラクターへ

 今、山中は東京でビクラムヨガの教室を主宰している。なぜそこまでヨガにハマったのか。

「学生時代から空手、テニス、スーツアクター……体を動かすことが好きだったので、鏡を見ながら自分の体のポーズやバランスを直していくみたいなことが、思ったより面白かったんですよ。しかも、簡単だと思ったら全然できなくて……それがまた、良かったのかもしれません。体力も運動神経も自信があったんですけど、意外にできなかったので逆にハマっちゃった感じでしたね」

 そして山中は、またまた母親の誘いにより、ボディメイクのコンテストであるベストボディ・ジャパンに参加するようになる。

「本当に母きっかけの人生で(笑)。(ベストボディも)母が出ていたんですよ。母はヨガに出会って、ガリガリだったのが逆に健康的になったんです。私はというと65キロあったのが55キロに落ち着いて、ヨガはその人にとってのベストな体型になっていくものなのかなと。女性はやっぱり褒められると嬉しいもので、母も『コンテスト出てみない?』と誘われると悪い気はしないので。

 それで私も一緒に、と誘われたんですけど、当時は水着で人前で歩くなんて、という気持ちが強くて。でも、母はヨガで若返って、ベストボディに出たらさらに若返って……人目を気にするときれいになって、すごく楽しそうな母はそのまま講師にもなったんですよ。じゃあ私もやってみるかと。2018年ですかね、それでいきなり入賞できたんですけど、強豪選手が多い大会では全然ダメで、そんな簡単なものじゃないと打ちひしがれた経験もしました」

 山中がビクラムヨガのスタジオをオープンさせたのは2019年、その前年にベストボディ・ジャパンがプロレスの興行もスタートさせていた。品川で行われた旗揚げ戦を観戦した山中は、初めて見たプロレスに感動した。たくさん笑って、そして涙した初観戦だった。

「当時の私はプロレスのことを全く知らなかったんですけど、すごく感動して。ちょうど練習生を募集していたので、練習を始めました」

 2019年8月に山中はプロレスラーとしてデビューした。スタジオのオープンも重なり、2019年は山中にとって大忙しの1年となった。

「そうですね、大変な1年でしたね(笑)。同年にベストボディ・ジャパンにフィットネスモデル部門という、筋量を重視した部門ができたんですが、さすがにその年は出場できなくて。翌2020年から挑戦して日本5位、2021年には日本一を獲ることができました。その経験を活かして、いまではそちらの講師もしています」

(25日配信の後編へ続く)

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