岸井ゆきの、仲の良い家族とも敢えて連絡断ち…撮影中に「デジタル・デトックス」をする理由とは
俳優の岸井ゆきのが、吉本ばなな氏の短編小説を日台合作で映画化した『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』(26日公開、真壁幸紀監督)に主演している。最愛の母を亡くし、喪失感を抱えたまま台湾・台北を訪れた女性の役だ。ENCOUNTはこの機に岸井を取材。撮影時のエピソード、表現者としてのスタンスや家族との絆などを聞いた。

日台合作映画『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』に主演
俳優の岸井ゆきのが、吉本ばなな氏の短編小説を日台合作で映画化した『シンシン アンド ザ マウス/SINSIN AND THE MOUSE』(26日公開、真壁幸紀監督)に主演している。最愛の母を亡くし、喪失感を抱えたまま台湾・台北を訪れた女性の役だ。ENCOUNTはこの機に岸井を取材。撮影時のエピソード、表現者としてのスタンスや家族との絆などを聞いた。(取材・文=大宮高史)
同作は、吉本氏の短編小説集『ミトンとふびん』に収められた一篇を映像化している。母を亡くした主人公のちづみが、旅先の台湾で青年のシンシン(ツェン・ジンホア)と出会い、何気ない交流を通じて止まっていた心を動かしていく物語だ。
ちづみは、シンシンからねずみに例えられるほど小柄な女性。身長150センチの岸井は、真壁監督と阿部豪プロデューサーからオファーを受けた時のことを「私も小柄だからかな」と言って笑うが、物語に背中を押してもらったという。
「シンシンは、ちづみに『小さいからいいんだ』って言ってくれます。そのままの彼女を肯定してくれる好きなシーンです。身体的なコンプレックスって、私だけでなく誰もが持っていると思います。ストレートに肯定してくれる言葉に出会えたのも良かったです」
台北での撮影は約3週間に及んだ。かつてエドワード・ヤン監督の作品にひかれ、個人的にロケ地巡りをするほど台湾の街を愛している岸井だが、長期の撮影で日本が恋しくなる瞬間もあった。
「仕事で行くのと旅行で行くのとでは、全然違います。終盤はさすがに日本のお米が恋しくなって、皆でプロデューサーが持ってきてくれた納豆ふりかけでご飯を食べていました」
台湾らしいしっとりした空気感を映像化できた。それを象徴するのが、雨に濡れた台北の街をちづみとシンシンが歩くシーンだが、実は想定外で生まれていた。
「ちづみが雨に濡れないように、シンシンが手をかざしてくれるアドリブの場面があります。原作には雨が降っている描写はないんです。でも、現地では雨続きで天気予報も連日雨なので、『雨設定にしよう』となりました。それがなかったら、ジンホアさんの表現はなかったし、天気まで味方につけられたと思います」
他方で、母を亡くしたちづみの喪失感を体感するために「デジタル・デトックス」も行っていた。
「私の家族は仲が良くてよく連絡を取り合っているんですが、撮影中は(スマートフォンを)ほとんど見ていませんでした。少なくともこの作品のためには、家族の具体的なイメージを頭の中から取り払いたかったんです」

記憶に残る仕事を選んできた意味
劇中、ちづみとシンシンの2人がレコード店に行き、かつて人気歌手だったシンシンの母親が歌ったレコードを探し出し聴くシーンがある。母の声の記憶が薄れていくちづみは、シンシンの亡き母の声が聴けることに不思議な気持ちを抱く。岸井自身も俳優として、後世に作品が残る仕事をしているが、そのことへの思いを問うと映画愛を交えた言葉を返した。
「自分の中にどんな作品が残っていくかって、本当に分からないです。今までたくさんの映画を見てきましたが、ロベール・ブレッソンやジョン・フォードといったすでに亡くなっている監督の映画も大好きな作品です。今、公開されている作品も、いつか自分の中に残った時にあらためて意味が宿るのかなと。だから、縁があった作品の意味はすぐにつけられるものではないと思っています。でも、普遍的なことを描いた映画に多く出演してきたと思うので、20年後くらいにも皆さんの片隅に私の作品があればうれしいですね」
そんな映画愛は、目の前の役に対しても発揮されている。演じた人の人生をスクリーンに刻みこむための代償は、決して小さくはない。
「どの作品でも、クランクアップすると喪失感がありますね。準備期間も含めると半年以上、役と向き合うので『どっちで生きてたんだっけ?』と抜け殻のようにもなります」
一方で俳優という職業に対しては、どこか冷静な距離感を保ち続けている。
「ちゃんと自分の世界、自分の生活というものがある上で、その仕事に行く距離感が私は好きです。好きな映画の世界とはいえ、仕事にアイデンティティーを預けすぎないのが私です」
表現者としてのスタンスと、いち映画ファンとしての目線にしっかりと境界線を引いてきた。それを支えるのが、忙しい中でも感じられる家族の絆だ。
「私は仕事で行けなかったのですが、最近、家族全員でめいっ子のランドセルを選びに行った写真を送ってもらい、幸せな気分になりました。私の両親も孫のランドセルのためについて行ったんですよ。私の祖父母は早くに亡くなったんですが、おじいちゃんとおばあちゃんとの思い出が増えていくのが何だかうれしくて。『彼女の家族との記憶の中に私もいるんだな』と思うと、この健康、平穏でいられる毎日も愛おしいです」
そして、岸井は未来の誰かの思い出に残るべく、カメラの前に立ち続ける。
□岸井ゆきの(きしい・ゆきの) 1992年2月11日、神奈川県生まれ。2009年に俳優デビュー。17年に映画初主演作『おじいちゃん、死んじゃったって。』で第39回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞。22年の主演映画『ケイコ 目を澄ませて』で第46回日本アカデミー賞主演女優賞。25年の主演映画『佐藤さんと佐藤さん』でも、第35回日本映画批評家大賞主演女優賞を受賞した。今年は第79回カンヌ国際映画祭「ある視点部門」に正式出品された『すべて真夜中の恋人たち』の公開を控える。
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