夏アニメから考える“タバコの意味”の変遷 「カッコよさ」から「余白」へ…時代を映す題材の妙

受動喫煙対策を目的とした改正健康増進法が2020年4月に全面施行されて以降、喫煙をめぐる環境は大きく変わった。多くの施設で屋内は原則禁煙となり、タバコを吸える場所ははっきりと区切られている。成人喫煙率も長期的には下がり続け、タバコは以前より日常の中で目にしにくいものになったのではないだろうか。

何気ない会話が魅力の『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』【画像:(C)地主/SQUARE ENIX・「ヤニすう」製作委員会】
何気ない会話が魅力の『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』【画像:(C)地主/SQUARE ENIX・「ヤニすう」製作委員会】

7月から『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』と『ヤニねこ』が放送開始

 受動喫煙対策を目的とした改正健康増進法が2020年4月に全面施行されて以降、喫煙をめぐる環境は大きく変わった。多くの施設で屋内は原則禁煙となり、タバコを吸える場所ははっきりと区切られている。成人喫煙率も長期的には下がり続け、タバコは以前より日常の中で目にしにくいものになったのではないだろうか。

 そんな「吸えない時代」に、2026年7月放送の夏アニメではタバコを題材にした作品が2本並ぶ。地主による『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』と、にゃんにゃんファクトリーによる『ヤニねこ』だ。

『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』は、月刊「ビッグガンガン」で連載中の漫画を原作とする作品だ。2022年3月に地主がX上で発表したことをきっかけに話題となり、「次にくるマンガ大賞 2022」Webマンガ部門で1位を獲得。2026年時点で、単行本の累計部数は300万部を突破している。物語の中心にいるのは、仕事に疲れた中年サラリーマンの佐々木と、彼が通うスーパーで働く女性・田山。喫煙できる場所を探していた佐々木に、田山が「ここなら吸える」と声をかけたことから、ふたりはスーパーの裏で言葉を交わすようになる。

 一方の『ヤニねこ』は、人間と獣人が共存する世界を舞台に、タバコを吸ってだらだら生きる獣人・ヤニねこの日常を描く。金欠だったり、禁煙に挑んではあっさり負けたり、生活のあちこちがゆるい。立派ではない。けれど、どこか憎めないヤニねこの姿は、だらしなさも含めて妙に人間くさい。

 禁煙や分煙が社会の前提になりつつある今、なぜ“ヤニ”が題材として選ばれるのか。そこにあるのは、タバコそのものへの関心というより、「一服」という数分間に向けられたまなざしだと思う。

 思えば、フィクションにおけるタバコの意味は、ずいぶん変わった。かつてスクリーンやCMのタバコは、大人びた余裕やハードボイルドな色気を背負わされていた。荒野で紫煙をくゆらせるマルボロのカウボーイ。古い映画で、くわえタバコのまま相手を見据えるタフな探偵。フィクションにおいて、火をつける仕草そのものが、渋い大人のカッコよさの記号でもあった。

 けれど、この2作を見てみると、タバコにそうしたカッコよさを背負わせているわけではない。スーパーの裏で、あるいは自室のベランダで、ただだらだらと吸う。そこにあるのは、気だるさやどうにもならなさ、ひと息つきたい気分のほうだ。かつてタバコが人物の渋さや反骨心を示す小道具だったとすれば、この2作では、日常から少しだけ外れるためのきっかけとして描かれている。

 その余白が効くのは、視聴者や読者たちの生きる今が、ただぼんやりする時間にさえ後ろめたさのつきまとう時代だからだろう。食事も、睡眠も、働き方も「最適化・効率化」の対象になり、空いた時間にはスマホがすぐに情報を差し出してくる。そんな中で、「ちょっと一服してくる」は、何もしない数分間を堂々と確保するための、数少ない口実になっている。生産的でなくていい。誰かのためでなくてもいい。火をつけて、煙を吐いて、ただそこに立ち、ときに誰かと言葉を交わす。その無目的さが、かえって貴重に見える。

 しかも、その数分間が物語の舞台になりうるのは、皮肉にも喫煙できる場所が限られているからでもある。吸える場所が区切られたことで、喫煙所や店の裏は、誰もが行き交う場所ではなく、吸う人だけがふらりと立ち寄る場所となった。

 そこでは、普段の顔とは少し違う表情がこぼれることもある。仕事や生活の流れから少しだけ外れる「ヤニ休憩」だからこそ、用事のない世間話や、だらしない本音も入り込む余地がある。

人間と獣人が共存する世界を描く『ヤニねこ』【画像:(C)にゃんにゃんファクトリー・講談社/ヤニねこ製作委員会】
人間と獣人が共存する世界を描く『ヤニねこ』【画像:(C)にゃんにゃんファクトリー・講談社/ヤニねこ製作委員会】

喫煙そのものを肯定するのではなく…フィクションに求められる“立ち止まる時間”

 この「何かが起こりそうで、実は大きなことは起こらない」時間のあり方は、2作のジャンルとしての立ち位置にもつながっている。男女が繰り返し顔を合わせる『スーパーの裏でヤニ吸うふたり』は、もちろんラブコメとしての楽しさもある。けれど、関係が一気に進展するというより、店の裏で交わされる何気ない会話の中で、少しずつ距離が変わっていく作品でもある。

『ヤニねこ』も同じく、派手なアクションや劇的な展開で引っ張る作品ではない。禁煙に失敗したり、金欠に悩んだり、しょうもないことで一日が過ぎていく。そのゆるさを眺めているうちに、ちゃんとできない生活そのものが、どこか愛おしく見えてくる。

 そんな両作が近いのは、特別なことの起こらない日常に寄り添う「日常もの」の感覚だ。恋愛の進展や大きな事件そのものよりも、一服のあいだに少しだけドラマがあったり、何でもない時間が流れていったりする。その何でもなさが、そのまま作品の味になっているのだろう。

 テンポの速い展開や、アクションの密度で視聴者を引っ張る作品が並ぶ中で、ときにはその刺激の強さに少し疲れることもある。だからこそ、この2作が一服のあいだに生まれる会話や停滞を物語として拾い上げていることに、“ヤニ休憩”が本来持っている余白の感覚と近いものを感じる。

 一方で、酒やタバコといった嗜好品をアニメで描くことには、メディアの特性上、独特の難しさもある。読者が自ら手に取る漫画に比べ、テレビ放送や配信を前提とするアニメは、原作ファンに限らない不特定多数の視聴者へ届きやすい。だからこそ、未成年の喫煙・飲酒を避けることはもちろん、喫煙シーンをどのような距離感で見せるのかにも慎重さが求められる。

 それでもこの2作が“ヤニ”を題材にしているのは、喫煙そのものを肯定するためではないだろう。むしろ、健康や効率の名のもとに日常から遠ざけられてきたものの中に、立ち止まる時間や、用事のない会話や、だらしなく過ごす自由を見出している。原作がすくい上げてきたそうした余白を、アニメではどのような間や会話、空気感として立ち上げていくのか。その扱いの難しさも含めて、2026年夏アニメの中でも気になる2作になりそうだ。

 煙の向こうに見えてくるのは、タバコを吸う人だけの感覚ではない。忙しさや効率の外側に、ほんの数分だけ立ち止まる時間を、私たちはフィクションに求めているのかもしれない。

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