髙嶋政伸「初恋の人は泉ピン子さん」 初エッセーで明かした芸能一家の破天荒な日常
初のエッセー集『おつむの良い子は長居しない』(新潮社、税込み1925円)を上梓した俳優・髙嶋政伸(59)。父は「歌う映画スター」高島忠夫、母は宝塚のトップスター・寿美花代。名門一家に生まれ、若くして俳優として脚光を浴びた。その歩みは華やかに見えるが、本人の口から出てきたのは、意外なほど飾らない自己分析だった。

幼少期にはジョン・レノンと遭遇という仰天エピソードも
初のエッセー集『おつむの良い子は長居しない』(新潮社、税込み1925円)を上梓した俳優・髙嶋政伸(59)。父は「歌う映画スター」高島忠夫、母は宝塚のトップスター・寿美花代。名門一家に生まれ、若くして俳優として脚光を浴びた。その歩みは華やかに見えるが、本人の口から出てきたのは、意外なほど飾らない自己分析だった。(取材・文=平辻哲也)
「20代のころは、60歳になったらどんな名優になっているだろうと想像していましたが、びっくりするくらい何も変わっていないですね(笑)。こんな不器用な役者が芸能界でやってこられたのは、本当にラッキーだったとしか言いようがありません」
今年10月に還暦を迎える髙嶋がそう笑う。初のエッセー集には、髙嶋家の規格外のエピソードとともに、不器用なまま、真摯に人や現場から学び続けてきた俳優の姿がつづられている。
印象的な本のタイトルも、実は40年越しの勘違いから生まれた。村上春樹氏がジャズアルバムのライナーノーツに記した「躾(しつけ)のいい子は長居しない」(ジュリー・ロンドンの楽曲邦題)という一文。成城大学文芸部に8年在籍した髙嶋だったが、「躾」という漢字が読めず、いつの間にか「おつむのいい子」と記憶が書き換えられていたという。
「その勘違いをそのままタイトルにしました」と屈託なく笑う。
両親の破天荒さは、エピソードに事欠かない。戦争と飢餓を経験した両親は物をとても大切にする人たちで、実家の神棚にはキリスト様から紅茶カップまで、あらゆるものが並んでいた。「命が宿っているならなんでも」という汎神論的な世界観が、家の中に自然と満ちていたという。
少年時代は、月に2週間以上、家族でテレビ番組『ごちそうさま』のロケに同行した。新幹線の車窓、旅先の宿、ゲストとして一緒に移動したてんぷくトリオ、由利徹、ムード歌謡時代の泉ピン子らスターたち。現場のスタッフに「勉強しろ」と怒られながら、髙嶋はテレビの世界を遊び場のようにして育ち、「泉ピン子さんが初恋の人でした」と告白する。
そんな幼少期の記憶の中には、にわかには信じがたい出会いもある。夏になると髙嶋家はホテルオークラのプールで過ごすことがあり、幼い髙嶋は外国人の子どもたちと水遊びをしていた。ある時、丸眼鏡をかけた白人男性とその家族が同じプールに来ていたが、当時の髙嶋は特に気に留めることもなかった。
ところが約30年後、テレビ番組の打ち合わせでその思い出を話していた際、母から「あんた、ジョン・レノンさんとも会ってんのよ」と告げられる。母によれば、レノンは眼鏡をかけたままクロールで泳いでいたという。後に調べると、ジョン・レノンは1977年、78年に東京に長期滞在し、ホテルオークラを定宿にしていた。髙嶋が10歳前後のころ、髙嶋家が夏をオークラで過ごしていた時期と重なる。
しかし、その写真は残っていない。母・寿美は宝塚歌劇団時代の1958年、イタリアツアー中にローマのチネチッタスタジオを訪れ、撮影中のフランク・シナトラに遭遇している。だが、その時も記念写真はない。シナトラについては「シナトラいう人は笑顔がない。あれは、あかん。仕事は楽しくやるもんや」と評しただけだったという。
ジョン・レノンも、シナトラも、家族の記録の中では特別な“証拠”を残されることなく、あくまで日常の延長にいた。
「母はシナトラにも会っているのに、写真がないんですよ」
髙嶋は苦笑する。そのあっけらかんとした距離感もまた、髙嶋家らしい。
髙嶋家が最も大切にしてきたのが「ユーモアの精神」だった。父がうつ病になった時も、父の母が亡くなってしまい、うつ症状がひどくなるかもしれないからと、テレビで「母の日」や「おふくろの味」という言葉が出れば即座に消し、「まるで喜劇だね」と笑い飛ばした。
「物事はシリアスになったら終わりだと思うんです。ユーモアの精神は父と母から教えてもらいました」
そのユーモアは、俳優としての原点にもつながっている。中学生だった髙嶋は、父とともに松竹の楽屋へ行き、藤山寛美に弟子入りを志願したことがある。寛美は一瞬で髙嶋の全身を見て、「彼には喜劇ができるだろうが、うちとはカラーが違う」と断った。その鋭い目は、今も忘れられないという。

「私の演劇の原体験は寛美先生から教えてもらったもの」
「完全に役になりきっていて、あのアドリブも緻密な計算と憑依から生まれているのだと分かりました。私の演劇の原体験は寛美先生から教えてもらったものです」
藤山寛美のまなざし、両親から受け継いだユーモア、そして幼いころから当たり前のようにそばにあった芸能の現場。そうした記憶の積み重ねが、髙嶋の俳優としての土台になっている。
悪役として強烈な印象を残してきた髙嶋だが、本人はそこにも学びがあったと振り返る。
「悪役をやると必ず主役の方とがっつり絡むので、そこで新しいパワーや表現を吸収できるのがありがたいです。最近は、少し人情味のある役や良い人の役もいただけるようになり、うれしいですね」
還暦を前にしても、完成された名優として構えるのではなく、若い俳優たちとの勉強会を開き、今の感覚を吸収し続けている。名門一家に生まれたスターでありながら、髙嶋政伸の言葉には驚くほど気負いがない。
破天荒な家族の記憶、現場で出会ったレジェンドたちのまなざし、そして不器用な自分を笑いながら受け入れるユーモア。『おつむの良い子は長居しない』は、華やかな芸能一家の内幕であると同時に、一人の俳優が迷いながらも学び続けてきた記録でもある。
□髙嶋政伸(たかしま・まさのぶ)1966年東京都生まれ。俳優の高島忠夫と元宝塚トップスターの寿美花代の間に生まれる。1991年、映画『ゴジラvsビオランテ』で日本アカデミー賞新人俳優賞受賞。代表作に『HOTEL』『DOCTORS~最強の名医~』『真田丸』など。
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