黒沢清監督が蒼井優主演作「スパイの妻」秘話公開「良い教え子を持ったなと…」
“映画を語る”配信番組「活弁シネマ倶楽部」に、「スパイの妻」で第77回ヴェネツィア国際映画祭において銀獅子賞(監督賞)を受賞した黒沢清監督が登場した。
東出昌大のビンタシーンを称賛
“映画を語る”配信番組「活弁シネマ倶楽部」に、「スパイの妻」で第77回ヴェネツィア国際映画祭において銀獅子賞(監督賞)を受賞した黒沢清監督が登場した。
「スパイの妻」は、太平洋戦争開戦間近の日本を舞台にしたストーリー。神戸で貿易会社を営む優作(高橋一生)が赴いた満州で、恐ろしい国家機密を偶然知り、正義のために事の顛末を世に知らしめようとする。満州から連れ帰った謎の女、油紙に包まれたノート、金庫に隠されたフィルム……妻である聡子(蒼井優)の知らぬところで別の顔を持ち始めた夫。それでも、優作への愛が聡子を突き動かしていく。
本作の脚本を手がけたのは、世界的にも評価された「ハッピアワー」(2015)の濱口竜介と野原位、そして黒沢監督自身だ。これにまずMCの森直人は「近年は、東京芸術大学の教え子さん方とのコラボレーションが続いているなという印象です」と発言。
すると黒沢監督は「どちらかというとこれまでは、僕が彼らを引き入れるかたちでした。ですが本当にみなさん偉くなられて……仕事をくれるようになりました。良い教え子を持ったなと……」と、しみじみと語っている。
「僕としても彼らとはやりやすいですし、彼らも彼らで、ある種の気安さがあるんでしょうね」と監督は続けた。
MCの月永理絵は、ほかの者が書いた脚本において、セリフの語尾まで手を加えるという黒沢監督のこだわりに言及。本作は歴史劇とあって、セリフが特徴的だ。
黒沢監督は「今回も細かいところにこだわりましたね。僕自身の感覚で、この時代に適した言葉であるかどうかを検討し、ちょこちょこ手を入れました。これは今回にかぎらず僕の悪いクセなのですが、語尾だけでなく、脚本が“自分の文章”でないと、どうにもしっくりこないんです。ト書きの“てにをは”に関しても、もちろん内容はそのままですが、僕なりの文体に直してしまいますね」と回答。
さらに「『ごめんなさいね』と思いながら……読点の打ちどころも、自分の気に入ったところでないとダメなんです」と、脚本の文章に対するこだわりを明かしている。
蒼井、高橋をはじめとする俳優陣の名演の数々も見どころの本作だが、月永は印象的なシーンとして、聡子の幼馴染でもある神戸憲兵分隊本部の分隊長・津森泰治(東出昌大)が、振り向きざまに聡子を激しくビンタするシーンを挙げている。黒沢作品としては珍しく、本作は暴力描写がほとんどない。だからこそこれが、鮮烈に脳裏に焼き付く瞬間だ。
黒沢監督は、「これを聞いたら、お2人とも喜ぶと思います。僕はうかつにも『本当にやればいいんじゃないか』と思っていましたが、あのアクションは危険といえば危険で、どうなるか分からない。でも『危険じゃない範囲で』と言ってしまうと手加減が生まれることになる。なので彼らに委ねてしまいました……。裏で相当に練習されてましたね」と、俳優陣の大いなる協力があってこそ本作が生まれたのだと感じられることを語っている。
本作に対して森も月永も、「個性的な脚本の力がありながらも、やはり“黒沢清監督の映画だ”という印象を強く持った」と最終的に述べた。