年齢24歳、体型、黒髪まで全指定…米国企業と“超厳格契約” 金髪にし起きた国際裁判の危機
イリュージョニストのプリンセス天功が20日、ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(金曜午後10時)に出演。契約違反で多額の裁判をかけられた過去を明かした。

ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』
イリュージョニストのプリンセス天功が20日、ABEMA『しくじり先生 俺みたいになるな!!』(金曜午後10時)に出演。契約違反で多額の裁判をかけられた過去を明かした。
アイドルを夢見るか弱い女の子だったプリンセス天功は、親族の紹介で初代引田天功の事務所に入所。アシスタントを経てマジシャンアイドル・朝風まりとしてデビューした。その後、1980年に初代が急死。プリンセス天功は、後援会の指示で2代目を襲名した。
数々の公演をするうち、その名は海外にも広まり、ディズニーからオファーを受けて海外進出。プリンセス天功は「日本で公演をたくさんしてた時に、ウォルト・ディズニー(カンパニー)の方が見に来た。『海外で、ぜひ公演をしましょう』っていうことで、アメリカのNBCテレビの『マジックキングダム』というウォルト・ディズニーの番組なんですけど、準レギュラーをいただいて。アメリカでデビュー、活躍、公演をするようになりました」と振り返った。
1989年には、女性初の世界最優秀イリュージョン賞を受賞。さらに知名度を上げると、全米でアニメ化され、バービー人形も製造された。
一方で、米国でのガチガチの契約に縛られ、プライベートは皆無。プリンセス天功は「その時のアメリカの契約として、年齢は24歳。身長、体重、この体型、黒髪。全部、決められるんですね。洋服も。で、引田天功はボーイッシュでメイクしちゃいけないとかいろんなものがあって。アメリカ(の契約は)は衣装とか爪、まつ毛の角度からいろんなものを全て決められて。だから、キラキラするのはプリンセス天功の方で、決められたものを着るっていう形のものになります」と述べた。
これを受け、共演のぱーてぃーちゃん・信子が「じゃあ、髪をツートンにしたいって思ってもできないってことですか?」と聞くと、「やったんです」と即答。「日本に帰ってきた時にみなさん金髪にしてて、すっごいかわいく見えたんですよ。で、私も金髪にしたんですよ」と告げると、「この長さが全部金髪。それはそれはかわいかったんです」と自画自賛した。
この発言に同じく共演のハライチ・澤部佑が「すっごい自慢」と笑う中、「金髪にした次の日、アメリカから何億円っていう国際裁判をかけられて……」と苦笑。プリンセス天功は「大変なことになってしまったので、すぐに真っ黒に染めて。あれはカツラでしたっていうふうに難を逃れた。そういうこともありました」と懐かしんだ。
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