「プロレスの背中を押す力が凄すぎた」声優志望だった工場の事務員・鈴芽を変えた運命の出会い「唯一無二の存在だからこそ」
一度ほどけた運命の糸が、再び絡みだした。2019年に東京女子プロレスでデビューした鈴芽は、格闘技経験が豊富な同期の背中をずっと見ていた。そしてその同期は東京女子を去り、4年4か月ぶりに戻ってきた。その同期……MIRAIはインターナショナル・プリンセス王者となり、2度目の防衛戦の相手に鈴芽を指名した。複雑に絡み合う運命の渦中にいる鈴芽へのインタビュー前編は、プロレス界入りのきっかけ、そしてMIRAIとの出会いのお話を。

入門に踏み出せたのは、プロレス側の“背中を押す力”が凄すぎたから
一度ほどけた運命の糸が、再び絡みだした。2019年に東京女子プロレスでデビューした鈴芽は、格闘技経験が豊富な同期の背中をずっと見ていた。そしてその同期は東京女子を去り、4年4か月ぶりに戻ってきた。その同期……MIRAIはインターナショナル・プリンセス王者となり、2度目の防衛戦の相手に鈴芽を指名した。複雑に絡み合う運命の渦中にいる鈴芽へのインタビュー前編は、プロレス界入りのきっかけ、そしてMIRAIとの出会いのお話を。(取材・文=橋場了吾)
鈴芽が人生において自分の意志で初めて何かに踏み出したのは、東京女子プロレスへの入門が最初だったという。
「声優さんになりたいという気持ちはあったんですが、何にも挑戦せずに諦めて、普通に地元で就職しました。工場の事務員をしていたんですが、東京女子プロレスに出会って人生が変わりました。最初は友人に教えてもらったのがきっかけだったんですが、写真を見たり友人の話を聞いたりするうちに辰巳リカさんに会ってみたいと思って、(2017年末の)新木場大会を見に行きました。選手が皆、とにかくキラキラしていたのを覚えています。それから、仕事をしながら地元(茨城県)から会場へ見に行くようになって、見始めてから半年くらいですかね、リカさんにお手紙を書いて渡しました」
その後、鈴芽は仕事を辞めて2019年1月に東京女子プロレスに入門した。
「(入門に踏み出せたのは)私の意識というより、プロレス側の“背中を押す力”が凄すぎたんですよね。リカさんには自分にないものを感じて、憧れて同じ世界に入ったからといってリカさんになりたかったわけではなくて。やっぱり、唯一無二だからこそリカさんが好きなんです。なので、私もこの世界で唯一無二の存在になりたいと思いました」
そして同年8月25日に後楽園ホールでデビューするわけだが、パートナーとして隣に立っていたのが同期の舞海魅星(現MIRAI)だった。
「MIRAIは格闘技や練習生の経験があったので、運動もそんなにしていない会社員から入ってきた私とはすごい差があったんです。だからこそ、一番近くにお手本というか追いかける対象がいるのは、めちゃくちゃ大きいことで。そして正反対のファイトスタイルだからこそ、自分の戦い方を見つけやすかったとも思いますし、本当にMIRAIがいなかったら、今の鈴芽はないと思いますね。MIRAIに追いつくためにというよりも、日々がむしゃらに練習をしていましたね。ゼロスタートだからこそできるようになることもたくさんあって、それが本当に楽しかったんです。昨日はできなかったことが、今日はできるというのを毎日積み重ねていた感じですね。なので、(MIRAIとは)経験値が違うことも分かっていましたし、焦りは不思議となかったんですよ」
ちなみに鈴芽は、小学生のときにバレーボールをやっていた。
「運動神経は、よくないんですよ(笑)。でもマット運動が得意だったので、バレーボールでも床に飛び込むことへの恐怖はなかったです。後ろ受け身でも、なぜか床は怖くなくて。恐怖心のなさとマット運動が得意というのは、プロレスと相性が良くてスタートダッシュはうまくいったかなと思います。ただ、ロープワークはすごく苦戦しました。最初は背中や腰の当たる場所が安定しなかったので……。(筆者「でも今やロープ使いの魔術師じゃないですか」)はい、ロープと友達になるつもりで練習していました(笑)」

『魅星が創造する世界』に私はいるのかな…と感じていた
その後、鈴芽とMIRAIは“BeeStar”というチーム名で活動。プリンセスタッグ王座にも挑戦したが、2021年8月にMIRAIは東女を去った。
「もちろん寂しい気持ちはあったんですけど、一緒に戦いながらも、その時期彼女がよく『魅星が創造する世界』という言葉を使っていたんですよ。その世界に私はいるのかな、というのは感じていて、(MIRAIが東女を)離れるとなって寂しいけれども、どこかで『やっぱり、私はそこにいなかったんだ』みたいな納得感はありました。MIRAIはいつもまっすぐ生きてきて、それは私も同じで。お互いめちゃくちゃ頑固ですし(笑)。MIRAIもMIRAIの道を行っているし、私もここ(東女)が好きでここで生きているから、(離れるのは)仕方ないことだなと当時は思っていました」
MIRAIが東京女子プロレスを去った後、鈴芽は自身がデビュー戦の相手を務めた遠藤有栖とのタッグを始動させた。その名も“でいじーもんきー”。2024年には“ふたりはプリンセス”Max Heartトーナメントを制覇し、その勢いのままプリンセスタッグ王座も戴冠した。
「(後輩と組むことになり)最初はもう、とにかく引っ張んなきゃ、私が全部やらなきゃみたいな気持ちがありました。それでタッグマッチでもすごく周りを見られるようになったんですよね。MIRAIと組んでいるときは、タッグマッチでも目の前の相手に真っ直ぐというタイプだったんですけど、有栖と組み始めてからタッグ全体を見られるようになって、タッグマッチが面白いなと思えました。そこから有栖がすごく頼もしくなって、気がついたらお互いがお互いを見ていますし、有栖と組んだからこそタッグマッチの面白さを知れたなと思いましたね」
しかし遠藤にはなかなか自力初勝利を挙げることができない時期もあった。
「有栖はもともとすごい選手なので、私は『勝てない』って落ち込んでいた有栖のことも大丈夫だと思いながら見ていました。実力もあるし、勝てる選手だと思っていたので、勝利を自力で掴んで波に乗ってきたら『ほらね、やっぱり。すごい選手だろ?』という気持ちで見ていました」
遠藤は遠藤で、過去のインタビューで鈴芽のことを「練習生になる前に東京女子を見に行ったときに、一番目に留まったのが鈴芽だった」と語っていた。
「ありがとうございます(笑)。嬉しいですね。(遠藤は)気づいたら隣にいて、気づいたらタッグチームになっていました」
(25日公開の後編へ続く)
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