台風19号から1か月 復興への道は遠く、ストレスが長引く恐れあり、と専門家が警告
この12日で、台風19号が日本に上陸して1か月。死者は95人にのぼり、5人が行方不明のまま(11月12日総務省消防庁発表)で、福島、長野、宮城を中心に2802人がいまだ避難所での生活を余儀なくされている(内閣府まとめ、11月6日午前6時現在)。日常生活を取り戻すことさえ厳しい現状だが、被災者やその家族の心のキズも大きいだろう。また、日常生活を送れてはいても、ギリギリで被災を免れた人たちも恐ろしい記憶が消えずに苦しんでいるかもしれない。つらく苦しい心のキズを癒やすにはどうすればいいのか。阪神・淡路大震災や東日本大震災の被災地調査にあたった、惨事ストレス(PTSDを含む、被災時や被災後に生じるストレス反応や障害)研究の第一人者・松井豊筑波大学名誉教授に対処法や心構えを聞いた。
通常は1か月後に半分、3か月後にはOKになるのだが…
この12日で、台風19号が日本に上陸して1か月。死者は95人にのぼり、5人が行方不明のまま(11月12日総務省消防庁発表)で、福島、長野、宮城を中心に2802人がいまだ避難所での生活を余儀なくされている(内閣府まとめ、11月6日午前6時現在)。日常生活を取り戻すことさえ厳しい現状だが、被災者やその家族の心のキズも大きいだろう。また、日常生活を送れてはいても、ギリギリで被災を免れた人たちも恐ろしい記憶が消えずに苦しんでいるかもしれない。つらく苦しい心のキズを癒やすにはどうすればいいのか。阪神・淡路大震災や東日本大震災の被災地調査にあたった、惨事ストレス(PTSDを含む、被災時や被災後に生じるストレス反応や障害)研究の第一人者・松井豊筑波大学名誉教授に対処法や心構えを聞いた。
「この秋の台風と大雨による災害は9月に台風15号が上陸し、約1か月後に大型の台風19号が日本を広く襲い、その後も大雨が繰り返し降った、という点が特徴です。惨事ストレスを短期間に繰り返し何度も受けることになってしまいました」
惨事ストレスによる不眠、吐き気、過呼吸、動悸、偏頭痛などの不快な症状や反応は、ストレスを受けてから2、3日後に強く出て、その後は徐々に下がっていくのが通常のプロセス。ストレスの強さにもよるが、多くの場合、1か月後には半分になり、3か月後には多くの人は日常生活に困らない程度にまで弱まる。
ところが、今回は災害が繰り返したためそのパターンに当てはまらず、ストレス症状や反応が長引く可能性があるという。
「つらい記憶がせっかく薄れかけたのに、雨音や被災地のテレビ報道が引き金となってフラッシュバックが起こることはよくあります。極端な場合には、自分がどこにいるかわからなくなり、ドアや窓から突然、飛び出そうとするような危険な行動をとってしまうという反応も起こることがあります。本人も周囲の人も注意が必要です」
「自分だけ助かってしまった」…心を苦しめるリスクの可能性
とくに、愛する人を失ったり、故郷が被災したり、とても親しい人が住んでいた、といった場合は強い衝撃を受けている。「あのとき、逃げるよう促していればこんなことにはならなかった」「自分だけ助かってしまった」と自分を責めたり、逆に悲しみの感情が麻痺して沸かず、「愛する人を失ったのに悲しめない自分は冷たいのだ」と思い込んで苦しんだりする人もいるという。
「大雨が断続的に続き、ストレス症状や反応を繰り返すことで慢性化したり、重症化したりして、アルコール依存症やうつ病に陥ってしまうこともあります。怒りという感情になって現れると、家庭が崩壊したり、仕事を辞めたり、という極端な選択に至る場合もあります。誰しも惨事に遭遇すると眠れなくなるなどの症状や反応が出るものです。慢性化して生きる喜びを感じられなくなったり、アルコール依存症やうつ病に陥ったりしないように注意することが大切です」
男性は要注意! 鼻歌、おしゃべりに効果あり
東日本大震災の1年後の調査では、治療が必要なほど重症化した例は1%弱と推定され、決して多くはないという。しかし、水害の場合、一度見舞われた場合でも、惨事ストレスを自覚するまで1年はかかるケースもある。今回のように水害に繰り返し見舞われた場合は、回復には、もっと長くかかるものと考えたい。
焦らず、無理に早くつらい記憶を忘れようとせず、「忘れられないものだ」と受け止める。そしてゆっくり休み、こまめにリラックスやストレス発散に努めることが、慢性化・重症化せず、無事に日常に戻れるコツだ。
「たとえば、音楽が好きな人は鼻歌を歌うようなちょっとしたことだけでもリラックス効果があります。周囲との会話もストレス発散になります。1人暮らしで他人との会話が少ない人や、近所付き合いの少ない人、家族に心配をかけまいとしてつらい感情を押し殺しがちな男性は、意識して人と会話していただきたい。また、お酒が好きで普段、アルコールでストレスを発散している人は、飲酒に逃げやすいので、周囲も気をつけてあげてほしいですね」
ボランティアに行くなら? お手伝いの方法を工夫
ボランティアが足りない地域があり、現在、ボランティア募集の呼びかけが盛んだが、繊細な人は参加するにもひと工夫したい。
「ストレスの影響は人によって違います。うつ病やパニック障害などを経験したことがある人は、被災地に出かけると大きなショックを受けやすく、『自分は役に立てなかった』とかえって苦しむことになるかもしれません。自身をよく振り返って、既往歴はないけれどショックを受けやすい性格の人も、被災地に入るよりも、中継地点のボランティアに参加するとか、ボランティアバスの事務所のお手伝いをするなどの方法をとったほうがよいでしょう」
日本は山が多く、また山から海までの距離が短く、河川の流れは急。大雨が降ると川の水が一気に海に流れ込むのが特徴的で、水害はどこにでも起こりうる。つまり、誰もが被害者になりうるということ。被害にあったときの心のケアも、日頃から心得ておきたい。