「ボコボコにされた記憶」を払拭する時 遠藤有栖、4年半ぶり帰還の強敵MIRAIに放つ不敵な宣戦布告
東京女子プロレスの遠藤有栖は、デビューからなかなか自力初勝利を挙げることができなかった。しかし今は立派なインターナショナル・プリンセス王者として、2026.1.4後楽園ホール大会ではMIRAIの前に立つ。その遠藤が今の立場にあるのは、隠された努力のおかげだった。インタビュー後編は、自力初勝利からMIRAI戦への意気込みを聴いた。

坂崎ユカに負けたときに『大きくなりたい!』と強く感じた
東京女子プロレスの遠藤有栖は、デビューからなかなか自力初勝利を挙げることができなかった。しかし今は立派なインターナショナル・プリンセス王者として、2026.1.4後楽園ホール大会ではMIRAIの前に立つ。その遠藤が今の立場にあるのは、隠された努力のおかげだった。インタビュー後編は、自力初勝利からMIRAI戦への意気込みを聴いた。(取材・文=橋場了吾)
遠藤有栖は、自力勝利までになかなかの時間を要した。デビューから1年後にタッグながら自力初勝利をもぎ取り、さらにその1年後、シングルでも自力初勝利。ともにフィニッシュは、Cheer▽1時代からの先輩である才木玲佳から引き継いだキャメルクラッチでギブアップ勝ちだった。そこから遠藤の勝率は急上昇した。
「なかなか勝てなくて、辞めたいという気持ちになりかけましたよ。自力初勝利をしてから、シングルで勝てなくて。なので、鈴芽さんと組み始めたときは、“差”を凄く感じていましたね。一人でも頑張らなきゃ、という気持ちが大きかったような気がします。タッグとして頑張るのはもちろんなんですが、一人の力で頑張って追い付かなきゃという。(でいじーもんきーが負けるときは)ほぼ私が負けていましたし……それがめちゃくちゃ悔しかったですね」
遠藤の体を見れば、しっかりと練習していることは一目瞭然だ。デビュー当時から、WRESTLE-1時代の先輩にあたる近藤修司のパーソナルジムでがっちり鍛えている。
「プロレスラーになる、と決めたときには一択で近藤さんのジムに通い始めました。それでデビューしてから(坂崎)ユカさんとシングルで試合をしたときに、負けた瞬間に『ユカさんみたいに大きくなりたい!』と思ったんですよね。近藤さんにも『大きくなりたいです!』と伝えて、メニューを少し変えてもらいました。でも、タッグのベルトを獲ったときは、ベルトって人を変えるんだなと思いました。特に精神面が強くなりましたし、もっと頑張らなきゃという気持ちになって、道場でもジムでももっと頑張って大きくなってベルトが似合う選手になろうと必死でしたね。タッグトーナメントに優勝したときも、ベルトを獲ったときも、鈴芽さんが決めてくれて。(筆者「リング・ア・ベル(鈴芽のフィニッシャー)が鳴りまくっていましたよね)有栖のベルはならなかったから(笑)、強くなろうと必死でした」

2026.1.4後楽園ホール…ついにMIRAIをボコし返せるときが来た
今年9月、遠藤はプリシラ・ケリーとのインターナショナル・プリンセス王座決定戦に勝利し、シングル初戴冠を果たした。これまで2度の防衛を果たし、3度目の防衛戦は2026.1.4後楽園ホール大会に決定している。挑戦者はみちのくプロレスのMIRAI……舞海魅星というリングネームで戦っていた2021年9月以来、およそ4年半ぶりに故郷凱旋を果たす強敵だ。しかも、舞海魅星は鈴芽と『BeeStar』というタッグを組んでいた。
「(シングルのベルトは)タッグとは全然違いましたね。やっと掴んだなという感じです。今まで、一人で何かで一番になるということがなかったんですよ、プロレス以外でも。なので、意外に自分やるじゃんって(笑)。(1.4は)ユカさんより後の試合なので、それがうれしいですし、見てもらいたいなと思います。MIRAIさんに関しては……私の知っている魅星さんではないんだろうな……。でも、私も変わりましたよ!
当時は、私がチャンピオンとして迎え撃つというシチュエーションは思ってもいなかったですから。魅星さんにはシングルでボコボコにされた記憶はあるんです。ようやくボコし返せるときが来たなと。絶対に流出はさせない。私はまだ会津にベルトを持ち帰っていないので、MIRAIさんが(みちのくプロレスで会津に)持っていくのは勘弁なので、私は絶対にベルトを守ります。正直、MIRAIさんが注目されていることにはちょっと……私がチャンピオンだぞと。なんで挑戦者が注目されるんだって。でも、常に注目されるような選手になっていきたいという気持ちが強くなりましたね」
MIRAIと対峙する遠藤は、あのときの遠藤有栖ではない。身体面、精神面、ともに大きく成長した遠藤がいる。
「実はちょっと苦しい時期に、占いに行ったんですよ。占いを深く信じるタイプではないですが『あなたは笑っていなさい』と言われたんです。当時の私には、その言葉が響いてしまって。ずっと笑えていなかったんですよ。負け続けていて、落ち込んじゃって……なので、笑顔を届けなきゃって。『笑顔で人を救う福島の会津っ娘』というキャッチフレーズは私がつけたんですけど、もともと笑顔という言葉が好きだったこともあって、自分に言い聞かせているんです。1.4で防衛して、インターナショナル・プリンセス王者として全世界で防衛戦をしたいですね。もちろん、故郷・会津での防衛戦も絶対に叶えたいです」
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