「なんで鉄くずを残すの」妻が怒った過去 手放す寸前に息子の一言で「やっぱり」…家族と愛車の35年

若い頃に友人から譲り受けた1台の車。ずっと持ち続けている35年の間に、いろんなことがあった。クラウンを売ってこの車を残したことで妻に怒られ、手放そうとしたところ息子の一言に救われて……。プライスレスな家族の絆が刻まれている。「まさに紆余曲折です」。60代男性会社員のオーナーが、“笑って泣ける”秘話を教えてくれた。

運命の秘話満載のダットサン・ブルーバード【写真:ENCOUNT編集部】
運命の秘話満載のダットサン・ブルーバード【写真:ENCOUNT編集部】

【愛車拝見#352】結納金“騒動”で運命の選択

 若い頃に友人から譲り受けた1台の車。ずっと持ち続けている35年の間に、いろんなことがあった。クラウンを売ってこの車を残したことで妻に怒られ、手放そうとしたところ息子の一言に救われて……。プライスレスな家族の絆が刻まれている。「まさに紆余曲折です」。60代男性会社員のオーナーが、“笑って泣ける”秘話を教えてくれた。

 クラシックカーのイベント会場で、真っ赤なカラーが印象的な1971年式のダットサン・ブルーバード 1800SSS。オーナーは「買って、早35年です」と、優しい笑みを浮かべる。

 35年前の入手。当時、男性は友人と互いに車を売り買いしていた。「友達がこの車を手放すということを聞いて、『他の人のところに行っちゃうのは嫌だな』と思ったんです。じゃあ俺が買うよ、と。ラリーに出ていたモデルで、子どもの頃によくプラモデルで作っていて、思い入れもあったんです」。幼少期の“憧れ”を手に入れたうれしさもあった。「その友人は当時ヒストリックカーのレースに出ていて、街乗りで乗っていたところを、これをレースに出しちゃおうかという話もあったんです。レースに出場するとクラッシュで壊れたりします。一歩手前で、レーシングカーにならなかったんです」。まさに運命的だった。

 もう一つのドラマがある。「この車は結婚する1年ぐらい前に買ったんですよ。どうしても欲しいなあって。妻が『いいんじゃないの?』と言ってくれたことで、ブルーバードを買うことができたんです」。

 実は当時、クラウンに乗っていた。新車で買って数年だった。一方で、結婚を控えて、結納金を用意しなければならない。まとまったお金が必要な状況でもあった。ブルーバードとクラウン、2台持ちの状態で、決断を迫られた。

「それでクラウンのほうを売っちゃったんですよね。その売ったお金を結納金にしました。ブルーバードは出さなかったんです」

 まさかの選択。当時婚約者だった妻は、報告を受けて驚がくしたという。「妻から、『なんでこんな鉄くずを残して、クラウンを売っちゃったの?』と怒られたんですよ。『普通は逆でしょ。クラウンを置いておいて、これを売るのが普通でしょ』って。僕は『すいません、おっしゃる通りです』と……」。平謝りするしかなかった。

「クラウンのほうがまとまったお金になるという算段はありましたが、やっぱり、幼少期の思い入れがあったんです。ブルーバードを手放しちゃったら、もう二度と手に入らないだろうなって」。結婚直前の“ピンチ”を乗り越え、こうして、家族と愛車の歴史が紡がれることになった。

 不思議な縁もある。男性は40年以上前、旧車を特集した本をたまたま購入していた。その中にブルーバード 1800SSSが掲載されていたのだが、自分のブルーバードを手に入れた後、ふと気付いたという。「実際にこの車なんですよ」。まだ友人から譲り受ける前、見ず知らずの時代に本で見ていた車が、後に自分の愛車になったのだ。

「お父さんが乗れなくなって動けなくなった時に」 息子の思い

 長い年月の中で、別れの危機もあった。「乗れない時期もあったんです。車検を切っちゃって、面倒になってちょっともういいかなと思ってずるずるしていたら、5年ぐらいたってしまって」。40代の時だ。

 ガレージに入れっぱなしのままのブルーバード。友人から「この車に乗らないんだったら、売らないか?」と声がかかり、買い手希望者も出てきた。公道復帰をするきっかけもつかめず、「だったら売っちゃおうかな」。気持ちは揺れ動いていた。

 そんな時、長男に何気なく話しかけた。長男はちょうど高校を卒業して整備士の学校に入るタイミングだった。

「お父さん、この車を出しちゃおうかな」

 すぐに返ってきた答えが、運命を変えた。

「出さないでよ。俺が乗るから、そのうち」

 男性は想定外の答えに驚いた。「長男はちょうど車業界に足を踏み入れるところで、自分の家に小さな頃からある車がなくなっちゃうことに、何か思うところがあったんでしょうね」。

 息子の一言で、男性は心を固めた。「最初は『えっ』となりましが、しばらく考えて、『やっぱり直そう』と決めました。結構サビが浮いてて、場所によってはひどくなっていました。それじゃあ直すんだったら、全部きっちりやろうと」。友人の板金工場に持って行って、「何年かかってもいいから直して。空いた時に手を入れてくれればいいから」と頼み込んだ。全塗装は1年弱で仕上がった。見違えるようなピカピカな姿に生まれ変わった。そこから車検を取って、約14年前に公道復帰が実現。こうして、令和の今に至る。

 ブルーバードと家族を引き留めた大事な役割を果たした長男は現在、整備士として活躍している。

 男性も愛車もまだまだ元気だが、“いつか”を託したい気持ちはある。

「以前に『乗れば?』と言ってみたことがあるのですが、『いや、今は乗らない』との答えでした。理由を聞くと、『お父さんが乗れなくなって動けなくなった時に初めて俺が乗る。それまではお父さん乗っててね』って言ってくれたんですよ。まあ今の子ですから、今の車に乗っていますので、分からないですけどね」。後継者としての覚悟は、きっと胸に刻まれているだろう。

 共に歩んできた妻の思いはどうなのか。

「最初はいつまで持ってるのかな? という気持ちはありました。維持費も税金も高いですし。でも今は、一生の趣味があるのはいいのかなって。そう思っています」

 こうしたイベントに参加することで仲間も増え、人の輪が広がっている。「お友達も増えることはすごくいいことだと思っています」。寛大に受け止め、見守っている。妻の思いを聞いて、男性は「本当に妻には感謝です」と実感を込める。

 奇跡のような巡り合わせのブルーバードはこれからも、家族と共に走り続ける。

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