ヤクザよりも怖い?テレビの内幕を暴いた「さよならテレビ」の衝撃
3人の主人公はアナウンサー、ベテラン契約社員、制作会社から派遣された新人
やがて、主人公が決まっていく。一人目はアナウンサーの福島智之氏。2011年8月に「セシウムさん騒動(※)」を起こした番組の司会者。騒動には無関係だったが、番組の顔だったことから、ネットでは彼にも批判の目が向けられ、心に大きな傷を抱えている。そんな彼が朝のワイド番組のキャスターに決定する。
二人目はメディア研究に熱心で、今のテレビは大切なものを伝えていないのではと疑問を抱いているベテラン契約社員。三人目は働き方改革の影響か、番組制作会社から新たに派遣された20代の新人。立場の異なる3人は三者三様のアプローチでテレビの現場に臨んでいく……。と同時に、ドキュメンタリーは本当に真実を写しているのか? 報道とは何か? 伝えるとは何か? という問題点を提示していく。
3人のそれぞれの結末にはちょっと出来すぎでは、とさえ感じたが、長期取材の賜物のようだ。2017年11月からスタートし、約1年7か月敢行。しっかり取材されている上、エンターテインメントに仕上がっている。ドキュメンタリーというと、有名俳優をナレーションに起用して、商業的な価値を付け加え、分かりやすくしようとするものだが、編集の技術と字幕スーパーで見せ切る。それは必要なシーンを撮り、分かりやすく物語を構成し、さらには次が気になるようにつなげているからだ。テレビ番組がゆえに、CMが挿入されるインターバルがあるが、そのカットのつなぎも効いている。最後にはドキュメンタリーの手法にまつわる種明かしもあって、サービス精神が旺盛だ。
圡方監督は「この作品は『どうでしょう、観てください』と胸を張って言えるような作品ではないです。申し訳ないというか。怖いなと思いながら来ました」と神妙な面持ちで語る一方、「(上からは)『視聴者のことだけ考えろ』『お前の撮りたいものなんて、聞いていないんだ』と言われ、視聴者が何を観たいかだけを考えて番組を作ってきた。『さよならテレビ』では自分たちがやりたいことは何かを考える喜びがあった」とも語る。
109分の傑作ドキュメンタリーは「テレビで何が起こっているのか」の答え
私もスポーツ紙の新人時代に、先輩デスクから繰り返し言われた言葉がある。「我々は一般紙ではない。娯楽紙だ。『世の中のためになる』ということは考えるな。必要なのは面白がり精神だ。野次馬根性で物事を見ろ」。この言葉は“マスゴミ”的に見えるかもしれないが、青臭い記者を諌めるための言葉だったのだろう。要は「娯楽紙としてのニーズに応え、読者本位の紙面づくりをしろ」という意味だったと捉えている。その言葉を頭の片隅に置きながらも、自身では「これは世に価値を問うべき物事だ」と思いながら格闘してきたつもりだ。
ネットの普及とともに、テレビ、新聞といったオールドメディアは今、岐路に立っている。「さよならテレビ」は、「テレビで何が起こっているのか」という視聴者の素朴な疑問への真摯な答えだ。題名の意味は、「今のテレビにさよならするくらいのつもりで」という制作者の覚悟なのだろう。圡方監督はこの作品を撮り終えた後に、ドキュメンタリー班から今回取材してきた報道部に異動に。報道の現場で働くことで「取材対象はこんなに深く長く傷ついていたんだな」と実感したという。
テレビ版は77分だが、映画版は、より分かりやすく再編集。32分を追加し、109分となる。「さよならテレビ」はテレビマンの自画像であると同時に、世の中で起こっていることの写し鏡でもある。劇場版「さよならテレビ」はマスコミ関係者だけではなく、いろんな人に観ていただきたい傑作ドキュメンタリーだ。
※【セシウムさん騒動】東海テレビ制作のワイド番組放送中、突然、番組とは関係ない「岩手県産の米ひとめぼれ3名」の当選者発表の画面に切り替わり、「怪しいお米 セシウムさん、怪しいお米 セシウムさん、汚染されたお米 セシウムさん」というテロップが流れた騒動。原因はテロップ作成担当の外部スタッフが興味本位に作ったダミーテロップを誤って放映してしまったこと。東海テレビには批判が殺到し、番組は打ち切り、関係者には厳しい処分が下された。