まるで新車…最高の状態で保管されてきた55年前の1台 「大事に乗って」“伝説のGT-R”継承秘話
「他の人には売らない、大事に乗ってくれ」――。極上の状態で維持されてきた“伝説のGT-R”を託された。1970年式の日産スカイラインGT-R(PGC10型)。前オーナーが40年近くもの間、徹底して保存してきた貴重な1台だ。受け継ぐのは、栃木県で建設業を営む男性経営者。ハコスカを5台以上所有し、“旧車再生”にも取り組む熱烈な愛好家だ。総走行距離はわずか2万6000キロの逸品を、守り続けている。

「R32を新車で買って乗っていたのですが、売ったら夢に出てきたんです」【愛車拝見#336】
「他の人には売らない、大事に乗ってくれ」――。極上の状態で維持されてきた“伝説のGT-R”を託された。1970年式の日産スカイラインGT-R(PGC10型)。前オーナーが40年近くもの間、徹底して保存してきた貴重な1台だ。受け継ぐのは、栃木県で建設業を営む男性経営者。ハコスカを5台以上所有し、“旧車再生”にも取り組む熱烈な愛好家だ。総走行距離はわずか2万6000キロの逸品を、守り続けている。
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まるで新車のような輝きを保つこの車両は、前オーナーから並々ならぬ愛情が注がれてきた。
車両としては2人目の所有者である前オーナーは、車庫に大事に保管。日頃から夜勤明けの昼間に愛車を磨き、雨の日は決して乗らない徹底ぶり。メンテナンスは信頼する工場に頼み、整備にも労を惜しまなかった。
さらに驚くべきは、万が一の事故や破損に備えて、ボンネットからバンパー、クォーターパネルまで、ゴム類の部品もすべて、車体を丸ごと修復できるだけの部品を収集していたことだ。その量は2トントラック1台分にも及ぶ。「車がもし前からぶつけられても、後ろからぶつけられても、そっくり直せるだけの部品を全部そろえていらっしゃったんですよ」。部品もそのまま引き継いだ。
このGT-Rは地元では有名だった。「『栃ナンバー』で、周囲で『すごいGT-Rがいる』とうわさになっていたんです。僕の先輩に、前オーナーの知人がいて、『もし売る時には僕を紹介してほしい』と伝えていたんです。『売らないと言ってたよ』とのことだったのですが、ある日突然、先輩から電話がかかってきて。『朗報です』って。前オーナーの方が腰が悪くなって手放すことを決めたとのことでした」。6年ほど前、夢のGT-Rを譲り受けることになった。
「買ったものは売らずにずっと乗っている」がモットーの男性。モータースポーツのドラッグレースに出場し、ハコスカを中心とした旧車の愛好家クラブ「エルスピード」を主宰して10年間運営するなど、愛好家の中でも知られた存在だ。「イベントで会った人たちや気の合う仲間と交流して、一緒に楽しんでいます」。男性にとって車は、全国の仲間との「絆をつなぐ」大切な存在だ。
旧車を長年愛し続けてきたその姿勢が、前オーナーの心を動かした。何人かの購入希望者がいたにもかかわらず、“後継指名”が実現した。「違う人にも『売ってくれ』と言われたけど、そっちには売らなかった。大事に乗ってくれ」。譲渡の際、前オーナーから告げられた言葉は短くも重かった。今も、胸に深く刻まれている。
本業は建設業だが、旧車への情熱は並大抵ではない。リフトや設備を完備した“工場”を、自宅に建設。自動車整備などに携わる仲間もメンバーにいる中で、仕事現場などで見つけたボロボロの旧車を集めている。「朽ち果てている車を見つけると、修復したくなっちゃう。皆さんから見たら、鉄くずかもしれませんが、『世の中に戻したい』という思い。それだけです。今のところ直したら自分で乗っています」。ボロボロだったフェアレディ240Zを2年間かけて“新車状態”に再生した。「これは結局、手放せないですね。車のために仕事しています」と笑う。
こんなエピソードも。「実は昔、R32 GT-Rを新車で買って乗っていたのですが、売ったらずっと夢に出てきたんですよ。シャッターを開けると、R32がそこにいるんです。最近になって、ほこりだらけのR32を見つけて譲り受けて、直すことになったのですが、タービンも燃料回りもひどくて。もう全部交換してきれいに仕上げました。今は友人が乗っています」。
いつもはチューニングしたハコスカに乗っており、この大事な大事なGT-Rは普段はガレージで保管し、丁寧に取り扱っている。特別なイベントに出展する際は、多くの人に見てもらおうと、外に出して走らせている。受け継いだ“GT-R愛”。これからどうしていくのか。答えはシンプルだ。「自分が乗れなくなるまで、しっかりと受け継いで乗っていきます」と前を見据えた。
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