「このチャンスを逃すと、もう買えないからね」 妻の一言が後押しに ポルシェと迷って50代の“決断”
「このチャンスを逃すと、もう買えないからね」――。妻の一言が、決め手になった。海外勤務の多かった社会人生活。50代半ばで思い切って、国産スポーツカーを購入した。幼い頃からクルマ好きで、子育ての時期は日産スカイラインGT-Rに乗り、今も「クラシックのポルシェ」への憧れを抱いている。そんな60代会社員の男性オーナーは、走る喜びを日々実感している。

「ある意味、自分の衰えが分かるクルマ」
「このチャンスを逃すと、もう買えないからね」――。妻の一言が、決め手になった。海外勤務の多かった社会人生活。50代半ばで思い切って、国産スポーツカーを購入した。幼い頃からクルマ好きで、子育ての時期は日産スカイラインGT-Rに乗り、今も「クラシックのポルシェ」への憧れを抱いている。そんな60代会社員の男性オーナーは、走る喜びを日々実感している。
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「やっぱりこの軽さ、動きやすさがいいよね。見た目はノーマルだけど、ちょっとずついじってて。エンジンのエキゾーストなんかも交換してね」。要所にこだわってカスタムを加えている、2008年式のホンダS2000。愛車をしげしげと見つめる。
個性派のカーライフを歩んできた。ホンダ・シティ ターボを皮切りに、フィアットを2台乗り継ぎ、GT-R(R32型)に乗っていたことも。「ちょうど子育てをしていた頃で、GT-Rにチャイルドシートを載せていてね。みんなから驚かれたよ」と懐かしむ。
だが、仕事の関係で海外に赴任することに。マニュアル車生活はいったん終わりを告げる。
「海外ではオートマ生活。30代後半のアメリカはミニバンに乗ってね。日本に帰国をしていた時期もオートマ車。それで、ベトナムに行っていた頃は、現地の交通事情の関係もあって、会社が用意する運転手の車に乗っていたんだ」。
19年の暮れにベトナムから帰国して、海外赴任は一区切り。55歳を過ぎ、「マニュアル車」「スポーツカー」が頭に思い浮かび、再び乗りたいという意欲に駆られた。
最初に探したのは、昔から憧れているポルシェだ。「911を見ていったけど、クラシックの911はバカ高くなっていて、ケイマンはいい個体がなかった。それで、どうしようかと思ってね」。国産スポーツカーを新たな選択肢に入れて、ネットで検索したり、中古車販売店を回っていたところ、運命の1台と巡り会った。「あるお店にふらっと行って、S2000に乗ってみたいと伝えたら、最初は状態の悪い個体を見せられて。それで、『ポルシェにするか迷っていて、程度のいい車はある?』と言ったら、店のガレージに保管されていたこのS2000が出てきたんだ」。その日に予約。20年春に納車となった。
50代半ばで、再びスポーツカーのハンドルを握る決断。言わば趣味カーとは言え、大きな買い物でもあり、家族の理解も大事になってくる。「うちのカミさんからは『このチャンスを逃すと、もう買えないからね』と言ってもらえました。自分はもともとバイクに乗っていたけど、バイクはもう勘弁という話にはなっていて。昔はGT-Rに乗っていた時期もあったのでね。理解のあるカミさんには本当に感謝しています」。妻から背中を押され、“最後のスポーツカー”に乗ることが決まった。
妻と温泉旅行に行ったり、趣味のゴルフに出かけたり。“老後の楽しみ”の相棒とも言え、「山に行っても、スムーズに運転できる。この軽さがいい。ある意味、自分の衰えが分かるクルマ。自分の体の状態を知ることができる。そんな感覚で乗っていますよ」。自分の運転能力を把握するバロメーターでもあるという。
SUBARU WRX S4との2台持ちでもある。「この年になって、やっと自由になって楽しめるようになったかな。結果的にこのS2000にして、お手頃だったし、よかった。3ペダル(MT車)が乗れなくなるまで乗りたい、というのは考えているね」と実感を込める。でも、最後に“本音”もポロリ。「まあ最終的にはね、クラシックのポルシェ911に乗りたいよね」。夢に終わりはない。
