「天心の弟」と呼ばれなくなった那須川龍心、キックボクサーのMMA転向に待った「自分がファンを連れてくる」
「キックが一番面白い」。キックボクサー・那須川龍心(18=TEPPEN GYM)はフライ級のベルト奪取後にこうマイクした。龍心は王座戴冠から1か月もたたないうちに格闘技イベント「ABEMA presents RISE WORLD SERIES 2024 FINAL」(12月21日、千葉・幕張メッセ イベントホール/ABEMAで全試合完全生中継)に出場、最高峰と名高いONEチャンピオンシップに出場していたペットマイ・MC.スーパーレックムエタイ(タイ)と対戦する。新王者はなぜエンタメ発信と格闘技を両立させようとしているのか。
「RISE WORLD SERIES 2024 FINAL」に出場
「キックが一番面白い」。キックボクサー・那須川龍心(18=TEPPEN GYM)はフライ級のベルト奪取後にこうマイクした。龍心は王座戴冠から1か月もたたないうちに格闘技イベント「ABEMA presents RISE WORLD SERIES 2024 FINAL」(12月21日、千葉・幕張メッセ イベントホール/ABEMAで全試合完全生中継)に出場、最高峰と名高いONEチャンピオンシップに出場していたペットマイ・MC.スーパーレックムエタイ(タイ)と対戦する。新王者はなぜエンタメ発信と格闘技を両立させようとしているのか。(取材・文=島田将斗)
小学生から日本テレビ系『有吉ゼミ』など多くの番組に出演している。ときに泣きべそをかき、わがままを言う“那須川ファミリーの末っ子”をお茶の間は親のように見守ってきた。龍心の生活にはメディア出演が当たり前のようにあった。
「自分を『有名だな』って思う感覚はなくて。学校に行って『見たよ』って言われるのがうれしいくらい。そこでモテたりすることもなかったですし、ひとつの話のネタになるのが良かったなぁという感じです。密着は素を出さないと意味がないかなと思っていたので、緊張もなかったですね」
高校生になるとABEMAの恋愛リアリティー番組『今日、好きになりました。』(以下、『今日好き』)シリーズに出演。家族は出演に反対していたが、それが逆に心に火を付けた。大勢の大人に見られながら恋愛をすることに当初は戸惑ったが、すぐに慣れた。
『今日好き』の“りゅうじん”はシリーズ屈指の人気キャラに。格闘技を見ない同世代の認知度も上昇し、街中でも声をかけられるようにもなった。「自分の価値が上がった」と語る龍心の目は自信に満ちていた。
「出て良かったし、“那須川龍心”の価値を上げられたのかなと思っています。いままでこういうこと(恋愛番組)は天心がやってこなかったじゃないですか。そこでしっかり格闘技を知らない人、自分を知らない人が『今日好き』きっかけで、そこから格闘技を知ってくれることもあったので」
キックボクシングを引っ張ってきた偉大な兄の名前がたて続けに出てくる。「天心を知らなくても俺を知っている人が増えた」といい「いつもだったら『天心くんの弟の龍心ですよね?』がほとんど。それが変わったのが大きかったですね」と思わず口元を緩ませた。
一方で格闘技以外のメディア露出が増えるとコアファンや格闘家からは否定的な声もあがってくる。
「特に何も感じることはないですが、前戦は『こいつら黙らせてやる』みたいな感覚がありました。だからこそ中途半端な試合はできないなって。圧倒的に大差をつけて勝つしかないってずっと考えていました。でも、自分を批判している人も良い結果を残せば『やっぱすげぇ』ってなったりする。だから手のひら返しさせてやろうって。そういう人を自分のファンにしたいんです」
格闘技以外の露出もひとつの使命だ。そうすることで「キックボクシングを見る機会が増える」と信じている。天心の存在に自然と影響を受けた。
「(視座が高いのは)たぶん天心がいままでそういうことをやってきたから。天心がそういう世界に常にいたからこそ自ずと考え方もそうなっていったのかなと思います。だからRISEチャンピオンになっても満足できなかったんです。天心はそういうことをやっちゃってるので、こんなんで満足したらだせぇなって。
いい刺激になってますよね。ここで止まってたら差が開いちゃう。常に追いつけ追い越せじゃないですけど、背中にぴったりついていって最終的に抜ければいいのかなって考えてます」
2戦連続のKO…好調の理由は技術の向上ではなかった
11月23日に東京・後楽園ホールで行われたタイトル戦。明らかに王者・数島を応援する声援の方が大きくアウェイのような雰囲気をしていた。しかし、龍心がパンチを当てるたびに歓声が上がり、敵地の雰囲気も次第に変化していった。
「いつもだったら歓声とかあまり聞こえないんですけど、あの日は聞こえました。集中しているようで集中していない感覚? 集中しているんですけど、視野を広く持っていてめちゃくちゃ聞こえました。ちょっと当てても歓声上がってた。あれがゾーンなのかは分からないですけど、キックをやってきたなかで一番良い感覚でした」
結果は衝撃の1R・KO。誰も予想していなかった圧倒しての勝利だった。念願の王者となるも喜びは束の間。那須川会長からの「お前これからだぞ」で引き締まったといい、勝利直後のリングの上で「もっとやらないといけない」に切り替わった。
そんななか、RISEが用意したのはペットマイ・MC.スーパーレックムエタイ(タイ)。試合まで1か月が切る中での電撃決定だった。
「追い込み期間がずっと継続している形になるのでメンタル的にはきついですよ。『さすがに休ませてくれや』って思いますね(笑)。普通のワンマッチで連戦ならまだ分かるんですけどね。タイトル戦って体以外にいろいろ消耗するんです。追い込み、水抜き、会長に怒られたり……見えないダメージも追っているので。でも、動きが良いまま試合前まで来ているので好調は維持できています」
弱腰になったようにも見せるが、ここでも背中を押したのは天心への思いだった。
「いままでこういうことを天心はやってきた。そういう姿を自分も見せていくには、天心と同じことだったり、それ以上の結果を残さないといけないと思っているんで、やらないとですよね。今が一番の頑張りどころ。自分の価値をあげていくときなのかなと常々思っています」
ここ2戦でKOが続いている。好調の理由はいわゆる技術面の向上ではないようだ。
「パンチが強くなった、蹴りが強くなったというよりは試合に対する望み方、試合中の感覚が一番大きいのかなと思います。それこそ集中しているようで集中していないあの感覚だったり、一歩踏み込む勇気。そこなのかなと思っています。技術はいまの格闘家、みんな持っていると思うんですよ。みんな技術とかフィジカルに目を向けているけど、自分は心技体の心の方を強化している感じですね」
キック再興に必要なのは競技力だけじゃない「面白さ」
キックボクサーがMMAに転向・挑戦する流れがここ数年で増えている。龍心自身も昨年大みそかに挑戦しているひとり。両方を知っているからこそキック界に危機感を持っている。
「いまMMAに転向したりして、目立てればいいと思っている人が多いなかで自分はキックボクシングを盛り上げる一人にならないといけないなと。RISEで一番知名度がある自分がそれを良い方向に使ってキックボクシングがどういうものか、見せないといけないと思ってます。本当に良い方向に変えていきたいですよね」
「面白い」は競技力の話をしているわけではなかった。選手一人一人が個性を持つべきだと熱くなった。
「キックボクシング自体を面白くっていうよりは選手各々が頑張らないといけない。団体のプロモーション、自己プロデュース、そういうところももっともっと上げていかないと。選手としての価値をみんなが高めればキックボクシングは盛り上がる。キックの選手は恥ずかしいのか、どうすればいいのか分からない状態なのかなと。
RIZINが盛り上がっているのはMMAが面白いだけじゃなくて選手の価値だったり、ひとりひとりの個性が分かりやすいから。キックはみんな個性がないので、一人がバーンと抜ければみんなが追ってくる。抜ける役目に自分がならないといけないなと思ってます」
だからこそ龍心は格闘技以外でも発信を続ける。
「他のメディアに出て、そこの数字をこっちに持ってきて見る人を増やす。僕がしょっぱい試合をしたら格闘技の面白さは伝わらない。初めて見る人の前で自分がいい試合したり、他の選手がいい試合をすれば『こんな面白いんだ』って今後も継続して見る人が増えるし、選手につくファンも増えていくと思うんです。はじめは自分が初めて見る人を連れてこないといけないのかなって思いますね」
18歳にして業界を背負おうとしている。前戦の勝利で期待値は高まったなか、この覚悟を試合で見せられるのか。“天心の弟”、“那須川ファミリーの末っ子”とはもう呼ばせない。