「クビにしてくれ」青木真也の苦悩 理解できぬ試合を前に複雑「どういう意味があんだよ」
“跳関十段”青木真也(41=日本)は12月7日に行われる格闘技イベント「ONEファイトナイト26」(タイ・ルンピニースタジアム)に出場し柔術界の神童と呼ばれるコール・アバテ(20=米国)とグラップリング戦を行う。5月の再契約から半年、現在の状況に何を思うのか。
12月7日に柔術界の神童と呼ばれる20歳とグラップリング戦
“跳関十段”青木真也(41=日本)は12月7日に行われる格闘技イベント「ONEファイトナイト26」(タイ・ルンピニースタジアム)に出場し柔術界の神童と呼ばれるコール・アバテ(20=米国)とグラップリング戦を行う。5月の再契約から半年、現在の状況に何を思うのか。(取材・文=島田将斗)
「気持ちが追い付かないですよ」。一通のメッセージが届いた。MMAではなく“また”グラップリング戦。練習しているジムを訪問すると、そこにはいつもの青木真也がいた。落ち込んでいる様子はなく、練習後に仲間と談笑しながら炊いたご飯と魚を食べていた。
倍以上の年齢差があるうえに本業のMMAではなくグラップリング戦。昨年も同じような状況でマイキー・ムスメシ(米国※現在はONEを離脱)と対戦した。今年1月の日本大会でMMA戦を行い、当日に対戦相手の変更が発表される珍事も起きたが一本勝ち。同団体のチャトリ・シットヨートンCEOは大会後「シンヤがもっと試合をできる状況に」と語っていた。5月にONEを信じて再契約をしたが、また“裏切られた”ような構図だ。
「何かを猛烈に追い求めて没入してやっているというよりも引けていてひたすらコンディショニングをやっている感じですね。自分との対話を楽しむフェーズとクールダウンというなかでどう着地させていくかということを考えてますね」
対戦相手の映像も見ていない。情報は練習仲間から聞く噂程度で全く気にもしていない。
「『なんでこの試合なの?』って思ってる。俺が思ってるだけじゃなくて客すらも思ってる。それはマッチメイクの意味の分からなさ、下手さだと思うんですよね」
ONE側からも意図は伝えられておらず「これです」の一言のみ。「どういう意図かなのかは察せてしまうので。『分かりました』って感じですよね」とオファーを振り返り「再契約をしたなかで(ONEと)別れるための大事な期間、クールダウンなんだなと捉えました」とうなずいていた。
「再契約前(今年1月の試合後)に別れていたら、ONE側が『こんないいところで行きやがって』と思っていたと思う。お互いが『使い勝手ないよね』と考える期間として今の時間は大事。『もうやり切ったんだよね?』って確認作業をしている感覚です」
再契約が発表された今年5月には9月にMMA戦をすることがおおよそ決定していた。具体的な選手の名前も上がっている状況で、思うところはありながらも、当時は「引退しねぇぞって見せてやろうと思う」と明るい声色で語っていたのが印象的だった。
MMA戦がなくなり、用意されたのはグラップリング戦。約半年、どんな心境で過ごしていたのか。普段は言葉が流れるように出てくるが、今日はなかなか出てこない。
「(再契約のときは)ひしゃげていたよね……この感情、感覚、なんて言えば伝わるんだろうな……」
9月のMMA戦が消滅し気持ちに変化「なんのためにやってるの?」
MMAのなかった半年は“趣味”と公言しているプロレスの試合に出場した。地方への出張や休暇で考えにも変化が出てきていた。
「ちゃんと切り離したいんですよね。もう実は格闘技に足がないのよ。いま格闘技をやっても良いものを出すと思うしそれなりですけど、自分がやりたいことかと問われると結構微妙です。『もういい』と思えるまでやり切ったんだよ。何か沸き立つものはないし、ONEから場所が変わってもこの気持ちは変わらないと思うんですよね」
「大事にしてもらいたい」の気持ちで再契約をしたはずだった。「ONEの感じと俺のやりたいテンションと合わないんだよ。だって19、20歳ぐらいで今から行くやつとさ41歳の俺をぶつけてどうするんだよ。どういう意味があんだよ?って思う。ちょっとセンスがないですよね」
5月のMMAオファーにも「なんで?」の気持ちはあったが、対戦相手の思いを受け止め快諾していた。さきほどまで言葉が出てこなかった約半年の思いがここであふれた。
「9月にやれば良かったと思う。気持ちがまだ持ったしあった。試合がなくなったということは『日本じゃなきゃお前の試合組まねぇよ』ってことじゃないですか。僕は『クビにしてくれ』って言ったけど、日本大会の算段が来年あるんだろうね、リリースになると(ONEは)困るからここでグラップリング戦を入れてきた。
9月までは1月の試合と再契約のテンションで行けた。ただ、6か月以上『ひと呼吸』してしまったことによって『なんのためにやってるの?』って思ったのが事実だよね。いろいろ周りも見たし、それが俺の中で一番の問題だった」
“0を1”にする作業が好きな青木にとってプロレスは作り、成長している感覚がある。一方、格闘技ではそのやりがいは感じなくなっていて、積み上げてきたものを運用し維持している状況だという。
「格闘技って暇がつぶれるからちょうどいいのよ。年に3試合とか4試合とかやってれば暇がない。でも年に1回になると暇がつぶれない。そう思ってたときに月に4本、プロレスをするようになって。それが楽しくて、心地よくて。自分の好きな表現としてやってるし、なおかつ格闘技の練習もしてトレーニングもして、思ったことを文章に書いてっていう生活が本当に楽しくて」
記者に届いた「気持ちが追い付かない」のメッセージはグラップリング戦に対する思いではなく、心地よいところに届いた格闘技のオファーへの「気持ちが追い付かない」だった。
今回の試合のテーマは「描くものがないものを描く」。決められたなかで「自分が楽しい」ものを表現するつもりだ。
「広義でプロレスに巻き込んでいるところもあって、どれだけ自分が面白いと思うことをやれるか、やりたいことをやれるかということ。12月7日の朝にグラップリング戦をして、夜の便でタイを発って翌朝6時55分に羽田に着いて、その日の12時から電流爆破するんです(笑)」
入場、コスチューム、セコンドをどうするか。想像を膨らませると穏やかな笑顔に。一方で「『これ面白いでしょ?』にモチベーション上がっちゃって。そうなったらファイターではないよね」と本音も漏れ出した。
「でも、ここまでやれたやついないから」と言葉に熱が帯びる。「挑戦もして考えて、お前らはここまでやってきていないでしょ? もうやれること全部やったんですよね。ここから何をしようかなって思いますよね」。
試合まで1週間。プロである青木はそれでも体を作ってきた。昨年よりも衰えは感じているかもしれない。それでも肉体は過去最高に仕上がっていた。