行定勲監督「地方映画祭で革命を起こしたい」
2016年4月の地震で甚大な被害を出した熊本を、映画の力で盛り上げようと始まった「くまもと復興映画祭」。そのディレクターを務める熊本出身の映画監督、行定勲氏は「地方映画祭で革命を起こしたい」「復興映画祭は自分の天命だ」と語る。「世界の中心で、愛をさけぶ」や「リバーズ・エッジ」などを送るヒットメーカーに、映画の力、復興映画祭への思いを聞いた。
「くまもと復興映画祭2019」レポート(3)
2016年4月の地震で甚大な被害を出した熊本を、映画の力で盛り上げようと始まった「くまもと復興映画祭」。そのディレクターを務める熊本出身の映画監督、行定勲氏は「地方映画祭で革命を起こしたい」「復興映画祭は自分の天命だ」と語る。「世界の中心で、愛をさけぶ」や「リバース・エッジ」などを送るヒットメーカーに、映画の力、復興映画祭への思いを聞いた。
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――「くまもと復興映画祭」の前身は菊池映画祭。市民からの「映画祭を手伝って欲しい」という声がきっかけで、14年から映画祭ディレクターを務めていますね。
「『自分たちの街が好きだから、映画の力で菊地を元気にしたい』と相談があったわけです。『でも、お前たちは映画が好きじゃないじゃん』と言うと、『そこでですよ、僕たちは映画が分からないんですよ。でも、映画は人が集まるものじゃないですか?』という。僕は『でもヒット作は一部だけだよ』と言ったけども、その言葉は目からウロコだった。僕らは映画を当てることに必死で、“映画は人が集まるもの”とは見ていなかった。そう思い込んでいる人がいるんだったら、そういう人たちを増やせばいいんだ、と。1回目で手応えを感じ、2回目は明らかに動員が増えた。延べ人数で1万人を動員することができた」
――2011年の東日本大震災の時は、まずはライフラインの復旧というものがあり、映画の無力さを感じたのですが、「くまもと復興映画祭」では、映画の力を感じました。映画祭の会場はほぼ満席。観客からも熱気を感じます。
「熊本全体を巻き込んで、映画の力を観客に伝えようという流れがあった。熊本市長からは『弱っている人たちが今、元気にしてほしい』という依頼もあった。熊本県知事の蒲島郁夫さんは『作り直すのではなく、新しいことを作るんだ。ネガティブだった経験をポジティブに変えていこう。創造的復興だ』とおっしゃるわけです。熊本の人の気質なのか、そういう気持ちがあったんだと思う。経済的に打撃を受けた人は自分たちで立ち上がるしかない。その一人ひとりを元気にしていかなければいけないと思った」
招待作品に家族が試練を乗り越える物語「映画の力は人生を力強く描き出すということ」
――招待作品の「洗骨」「かぞくいろ ―RAILWAYS わたしたちの出発―」など家族が試練を乗り越える話です。どういう思いがありましたか?
「映画の力とは、何かと言えば、人生を力強く描き出すということだと思う。人生の指針になるものや、未来に光を当てるもの。まさに熊本県民たちがぶつかっているものだと気がついた。人の人生を観ることで、自分の人生を顧みたり、自分がどう生きていくのかを考えるきっかけになる。街が壊れて、その街を離れなければいけないという人もいる。寂しさや理不尽な思いもあるが、踏ん張るしかない。日常を取り戻すことを課せられた熊本の人たちは家族の大切さを改めて知り、大事な人がそばにいることや日常のありがたさを知った。喪失から取り戻そうとする人々の話が乗り越える糧になっているとしたら、映画祭や映画が機能していると思う」
――菊池のスタッフからは「行定監督が震災前に『うつくしいひと』(※1)を撮ってくれてよかった」という声を聞きました。震災の前には思っても見なかったが、あの風景がないと思うと、涙が出る、と。
「『うつくしいひと』は熊本の良さを再発見しようということだった。熊本の良さや情緒が撮れればいいと思っていた。それが熊本の人にも喜ばれ、それが映画祭にもいい、と。(その映画の中の)景色が今はないと思うと、涙が出るということは、映画は記憶装置という役割があるんだなと思った。また、あの頃のものが取り戻せるということもあると思う。そんなことに気づいた時、地震が起こったタイミングに熊本にいたことは、自分の天命にも思えた」