ガソリンスタンドで働く修斗2階級王者・新井丈の素顔 仕事を辞めない明確な理由「無知な人間でいるのはカッコ悪い」

「世界一強い男に憧れたとか、どこのチャンピオンベルトがカッコいいとかで始めたわけじゃない」――。修斗2階級同時制覇王者の格闘家・新井丈(26=和術慧舟會HEARTS)は格闘技イベント「RIZIN.48」(9月29日、埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPVで全試合完全生中継)で現EFC2階級同時制覇王者(バンタム級、フライ級)のエンカジムーロ・ズールー(南ア)と対戦する。9か月ぶりの再起戦を前に素顔に迫った。

新井丈がガソリンスタンドで働く理由とは【写真:ENCOUNT編集部】
新井丈がガソリンスタンドで働く理由とは【写真:ENCOUNT編集部】

9月29日に9か月ぶりの再起戦

「世界一強い男に憧れたとか、どこのチャンピオンベルトがカッコいいとかで始めたわけじゃない」――。修斗2階級同時制覇王者の格闘家・新井丈(26=和術慧舟會HEARTS)は格闘技イベント「RIZIN.48」(9月29日、埼玉・さいたまスーパーアリーナ/ABEMA PPVで全試合完全生中継)で現EFC2階級同時制覇王者(バンタム級、フライ級)のエンカジムーロ・ズールー(南ア)と対戦する。9か月ぶりの再起戦を前に素顔に迫った。(取材・文=島田将斗)

 2016年にプロデビューし修斗を主戦場にこれまで25戦している。その内訳は13勝11敗1分け、9連敗も、11連勝も経験した。昨年大みそかに格闘技イベント「RIZIN」に緊急参戦したが、キャリア的に格下と思われていたヒロヤに大舞台で2R・TKO負けを喫した。文字通り、濃いキャリアを歩んでいる。

 普段はガソリンスタンドで働いている。歩けなくなるほど体を追い込んだあとに休養ではなく仕事の時間がくることもしばしば。それでも「もう慣れですよね。『痛ってぇ』っていいながら楽な体勢を探して拭いたりして。もう技術です」と誇らしげだ。

 昨年は週に4回だった仕事も現在は週2回にまで減り、格闘技や休養に当てる時間を増やせている。無理をすれば格闘技一本の生活を送れる状況だそうだ。それでも辞める気はない。「長年働いている分、義理というか、仕事に対して情も多少あって。完全に良い形で成功しきった状態で卒業したいなっていう変なプライドもあって」と照れくさそうに笑った。

 もちろん「格闘技だけをやってる」ことへの憧れはある。それでも仕事を辞めないのには明確なワケがあった。それはとある人物から言われた言葉だ。

“格闘技、スポーツっていう小さい枠だけでしか生きていけないやつはいざ世間に出たときに、井の中の蛙で、バカにされて終わりだよ”

「確かに言われたときに納得したんです。自分はいま、世間ではやっているポップミュージックとかアニメ、ドラマを知らないし興味がない。格闘家って格闘技しか見ていないことが多いんですよ。それで成功すればもちろんいいんですけど、いざ他ジャンルの方と出会ったときに無知な人間でいるのはカッコ悪いなって」

 さらにこう続けた。

「最低限ですよ。領収書の書き方とか、PDFの作り方とか。ハーツの選手はほとんど知らないんですよ(笑)。それも内輪ではギャグではあるんですけど。一般的な仕事って最低限、人としてバカにされないような知恵を学べる環境だと思う。そういった意味で勉強のつもりです。ポジティブに考えないとやっていけないっていうのも、もちろんありますよ。ただ生活費を稼ぐだけっていうマインドよりも、せっかく格闘技の外の人と触れるんだから勉強させてもらうっていう考え方なんです」

「自分の持っているスペックは中の下か中の中」

 修斗で11連勝を積み上げてきたが、大舞台・RIZINでまさかの敗戦。直後の会見ではところどころ記憶をなくしていることも明かしていた。あの敗戦についてこう振り返る。

「もう本当にいままで積み上げてきたものと自分に対する期待を寄せてくれた人、全部が崩れ落ちる瞬間でした。『ここでこの負け方をするか』ってね。“新井丈”らしいなって。一番負けちゃいけない試合の負けちゃいけない相手だった。だからこそ全部を取られて一番どん底にいる自分を改めて客観視したときに、ここから成り上がれたらカッコイイなとポジティブに変換して増量期に入った感じですね」

 大きな負けとなったが「引退」の2文字がよぎるようなことはなかった。

「辞めるって言うと逃げるように聞こえる。責任感もなくなって期待もされなくて済むので、もちろん楽にはなるんですけど、俺がなりたい自分ってそこを抗わないといけないのえ。どん底にいるからこそ、逆にチャンスじゃねぇかなって」

 取材中、印象的だったのはどんな話でもポジティブに聞こえてくること。それが“新井丈”らしさだった。

「自分の持っているスペックは中の下か中の中。中学時代から運動だったり学業で何か1位になって目立つってことはなかった。でも好きになったものに関しては積み上げて、じわじわ成績を出してきた、そんな人生だったんです。

 格闘技を始めて9連敗するのも『特別じゃない』『別にスタートライン高くないんだよ』ってことで俺らしい。9連敗して辞めない頑固さも俺らしい。格闘技に愛を持つことができて、歯車が噛み出してから11連勝。その流れで人の心を動かせてきた、そのストーリーこそが俺の人生を振り返ると俺らしいんです」

 昨年大みそかの敗戦後には6か月間で10キロ体重を増やした。今回の対戦相手とは身長差が12センチもあるが、体の大きな相手への不安はもうない。

「体格が大きい相手に対して前に出るのはリスクあることです。いままでは力のぶつかり合いでは劣っていると内心思いながら前に出ていました。体が大きくなったことによって、より安心してプレッシャーをかけられるようになったのはいい点だなと思っています。自分の持っている攻撃を信じて本気で振りにいけるのが強みです」

 修斗王者のレベルは? 再起戦となる今回はある意味、査定のような側面を持ち内容も求められる。

「次の試合で負けたら本当に俺は『修斗でしか輝けないチャンピオンだ』ってなると思うんですよ。対して自分の理想的な形で決着することができれば『新井丈って強いんだ』『修斗って強いんだ』って思わせて、大みそかも『万全だったらどうだったんだろう』って思わせられる。あの負けを払拭できるかどうかがこの試合にかかってる。勝ったらステップアップ。負けたら大きな未来は完全になくなるのかなって」

 それでも「俺ならできるって心底思っている。自分を信じる力が人よりもあったから修斗でも歴史を変えられたのかなと。中の中の自分が格闘技でなぜ輝けているのかっていうと自分自身を信じられているからだと思います」と豪語した。

 格闘技を始めた理由、それは憧れたプロレスラーのように「ヒーローになること」。

「強い敵にどうにか勝つことで見る人にパワーを与える。これがやりたいことなんです。最終的に自分がどこにいるかは想像できていません。この相手と良い試合をして、お客さんの心を動かす、これの積み重ねなんです」

 9月29日、観客は新井の試合に何を感じて帰るのか。勝敗よりも心震わす試合内容を期待したい。

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