30過ぎのデビュー、大怪我からの復帰…長谷川美子が振り返る波乱万丈のプロレス人生
30歳を過ぎてからプロレスラーを志し、2019年にデビュー。しかし、21年1月に頚椎椎間板ヘルニア、首の圧迫骨折の大怪我を負ってしまう。それでも負けなかった彼女は、22年8月に復活を遂げる。そして今年、彼女はプロレスラーとして大きな岐路に立った。長谷川美子、小柄ながら気迫あふれるファイトを見せる彼女に、これまでのプロレス人生を振り返ってもらった。
デビュー1年強で大怪我…でも私はプロレスで「やりきれていない」
30歳を過ぎてからプロレスラーを志し、2019年にデビュー。しかし、21年1月に頚椎椎間板ヘルニア、首の圧迫骨折の大怪我を負ってしまう。それでも負けなかった彼女は、22年8月に復活を遂げる。そして今年、彼女はプロレスラーとして大きな岐路に立った。長谷川美子、小柄ながら気迫あふれるファイトを見せる彼女に、これまでのプロレス人生を振り返ってもらった。(取材・文=橋場了吾)
長谷川は18歳から芸能活動をしている。その芸能活動に一区切りつけようとおもっていたときに出会ったのが、プロレスだった。
「プロレスとの接点は舞台とプロレスが融合した『魔界』と『幕末-狼kick!-』に携わっていたくらいでした。その舞台で知り合った藤本つかさ選手(のちに長谷川のデビュー戦の相手を務めた)にプロレスに誘われたことがあったのですが、プロレスのルールも何も知らない状態だったので、ずっと『無理だよ~』と断っていたんです。それで31歳のときですね、これを最後の舞台にしようと思って出た作品の主催者がアクトレスガールズの関係者で、1回見学に来なよと声をかけていただいて練習に参加しました。そのときに、18歳から31歳まで芸能活動をしていて、自分が命かけて何かやったことあったのかなって振り返ったときに、最後の挑戦としてやれるとこまでやってみようと思って、アクトレスガールズでデビューすることにしました」
プロレスの練習を始めて半年でデビューした長谷川だったが、デビューから1年強で首の圧迫骨折、脊髄椎間板ヘルニアという大怪我を負い長期欠場に入ってしまう。
「怪我をしてから3か月は、首にコルセットをしていました。お風呂のときだけ、コルセットを外すという生活でしたね。でも、プロレスを辞めるということは考えてなかったんです。それは、プロレスで何もやりきれていなかったから、ですね。デビューして2~3か月でコロナ禍になって試合がなくなって、試合が再開しても選手数が多すぎて出られない興行もありましたし。せっかくたくさん練習してデビューしたのに、ここで辞めてしまったら絶対後悔するだろうと思って、再スタートしようと思いました」
痛いけど嬉しい…これがリングの”魔力”
欠場中に首の怪我以外にも病気が発覚、手術をすることになり、結果1年8か月を療養に費やした。その間にアクトレスガールズはプロレスを廃業してしまったため、2022年8月に長谷川はガンバレ☆プロレスで復帰することになった。
「いろいろな団体にもお話を聞こうかと思ったのですが怪我が怪我だけにあまり快いお返事を頂けなくて……その中で、髙木(三四郎)社長(※当時)とお話しする機会があって、そこで復帰させてくださいとお願いしました。ガン☆プロにはセコンドで行ったことがあって、それまで感じたことのない盛り上がりというか興奮というか、凄いエネルギーのある団体だと思っていて、復帰するならここと思いました。1年8か月、ランニングはしていましたがリングに上がってのプロレスの練習はしていなかったので、復帰してからは課題だらけでしたね。でも、試合では痛みを感じても凄くうれしかったです。痛いことが嬉しかったですし、お客様も応援してくださって、この声援をいただくということが長期欠場中にずっと自分が味わえなかったことなので……これがリングの“魔力”なんだと感じました」
その後長谷川はタイトルに挑戦するなど活躍するも、今年3月いっぱいでガン☆プロがサイバーファイトから独立するタイミングで、フリーへの道を選択した。
「私の中では、プロレス人生はそう長くないなと思っています。その中で、もっと自由に動いてみたいというのがあって。(同じタイミングでフリーになった)翔太さんは海外で試合をしていますし、自由にやっていくためにはこのタイミングしかないかなと思って、フリーになることにしました」
(21日掲載の後編へ続く)