気づけば同じ車が7台…「たぶん日本で一番持っている」 新車で購入、妻と運命の出会いも
車とは1人の人生にここまで影響するものなのか。同じ車種の車を一家で7台所有しているのが、森田達郎さんだ。18歳で免許取得後、新車で愛車を購入すると、同じ車に乗る妻と知り合い、結婚後、子ども2人も同じ車に……。数奇な運命をたどった50代オーナーに詳しい話を聞いた。
妻との出会いは千葉のパーキングエリア 同一車種で意気投合
車とは1人の人生にここまで影響するものなのか。同じ車種の車を一家で7台所有しているのが、森田達郎さんだ。18歳で免許取得後、新車で愛車を購入すると、同じ車に乗る妻と知り合い、結婚後、子ども2人も同じ車に……。数奇な運命をたどった50代オーナーに詳しい話を聞いた。
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「子どもが生まれた時に、義理のお父さんが、さすがにこれ乗れないじゃんと言って、妻に軽自動車を買ってくれた時があって、妻がセカンドカーとして乗った時代は確かにちょっとあったんですけど、自分名義でバラード以外の車を所有したことはないです。子どもを後ろに2人乗せて、家族4人でスキーとかも行きましたしね」
新車で購入してから実に40年目。森田さんは愛車への一途な思いを明かした。
「ホンダバラードスポーツCR-X」。前期型や後期型などの違いはあれ、この車を一家で7台も所有する、自他ともに認めるバラード愛好家だ。
「昔は違ったと思うんですけど、今日現在ではたぶん日本で一番バラードを持っていると思います」
車によって人生が変わったという人は少なくないが、森田さんの場合はまさに特別な車になった。
最初の縁は妻との出会いだ。偶然、同じ新車のCR-Xに乗っており、面識はなくても道中行く先々で意識する存在になっていた。
「今はなくなっちゃいましたけど、京葉道路の市川に鬼高(おにだか)というパーキングがあって、そこで話しかけてくれたのが最初だったかな。その前からもちょいちょい見かけていて、あ、近所の人なのかなって思っていたんですけど、話しかけられたのはそれが最初ですね」
お互いにバラードに乗っていたことで意気投合。連絡先を交換した。ツーリングに行くなど、デートを重ねたが、しばらくは2台で出かけていたのも思い出だ。「普通デートと言うと、隣に恋人が乗るじゃないですか。車2台だったので、バイクのツーリングみたいだね、なんて話しながら行っていましたね」
バラードは発売からおよそ5年で生産終了し、すぐに部品が出なくなる。死活問題だと思っていた森田さんに助け舟を出したのが、交際中の妻だった。
「僕が学生の頃からずっとジムカーナ(モータースポーツ)を続けていたので、妻がじゃあしょうがないから私の部品取りにしなよ、ナンバー切ってもいいよって言ってくれたんですけど、部品取りでいいわよって言っている間に、なんか気がついたら結婚して。……本人をもらっちゃいました」
バラードがきっかけで結婚。妻もナンバーを切ることなく、愛車に乗り続けた。その後2人の子どもに恵まれ、部品取りのために2台を追加。計4台となった。当時は雑誌で15万円で売られるなど、底値で買いやすいことも理由だった。
「ホンダは部品の廃盤が早いので、部品取りのため、車両ごと集めていたんです。でも部品を取ったら車ってすぐ朽ちていくじゃないですか。使える部品もさびで使えなくなったりするから、やっぱり車は動いていないとダメだなと思って部品を取らずに乗っていたら、たまたま乗ってられたんですよ。だから4台バラードがある状態で結婚生活をしていました」
そして子どもが成長すると、子どもの関心も引いた。
「僕から乗れとは言わなかったし、子どもが乗らなくても自分の部品用にすればいいと思っていたから、全然押し付けるつもりはなかったんですけど、子どもがタミヤ公式のミニ四駆の大会で、別々の大会で優勝したんですよ。なんとなく車に興味を持ち始めてくれるようになって、モータースポーツって面白いねってなって、家に車があるからと……」
家族でバラードに乗る姿は、タミヤの社員からも驚きの声が上がるほど。もはやなくてはならない存在になった。
魅力的な車があるのは承知だが…「バラード以外には乗れない」
バラード愛を体現する森田さんの名前は徐々に知られるようになる。知人を介して、セカンドカーとして1台を追加、さらに旧車販売店から2台を迎え入れた。部品がないと分かっている個体だけに、売り手も売り方には悩んでいたという。
「みんな部品だけ欲しがりに来るんですよね。でも、部品1個取っちゃうと、その部品がないがゆえに動かなくなっちゃうから、ほかの部品もどんどんダメになっちゃうので、車ごと買ってくれる人じゃないと売らない。日本でバラード好きでなんとかできそうな人って関東だと僕かもう1人いるかいないかぐらいなので、店長に是非うちの在庫を森田さん引き取ってと言われて、2台引き取っています」
ボディーカラーはそれぞれ異なる。走行距離が72万キロに達する、森田さんの1985年式のメインカーはチャンピオンシップホワイト。妻のバラードはグリークホワイトだ。長男は黒とガンメタリックのツートン、次男は青と銀のツートンといった具合。全車がそろえば、圧巻の光景だろう。
「不思議な縁ですね。車が好きな人はいろんな車を乗りたいって思うのが普通だと思うし、僕も別にバラード以外にすてきな車がいっぱいあるのは重々承知の上なんですけど、僕の人生をかたどってきた時に、いつもバラードが何か人生を変えてくれるような転機になってくれているのもあるので、なおのこと、もうバラード以外の車には乗れないというか、乗る気がしないというか、買い替える気もしなかったですし、ずっと乗っているんです」
「日本からバラード乗りがいなくなっちゃう」 使命感も
約40年前の価格は、新車で180万円ほど。希少性が増した今は、200万円を超える値段で取り引きされることもある。ただ、購入したとしても、すぐに乗れるとは限らない。メンテナンスをし、部品をなんとか見つけて交換し……。実際、整備に車体価格と同じくらいかかったこともあった。
「200万で買った後に僕と同じようなことをして乗れるかと言ったら、たぶん若い人はできないですよね。そんなにお金が出せないですよね。でも若い人に乗っていってもらわないと、バラードに乗る人が本当にいなくなって、日本からバラード乗りがいなくなっちゃう」
買い替えを検討していないのは森田さんだけではない。妻も出勤の際、自身のバラードを運転している。思い入れがある車を、乗れる限り、大切にしている。
全員が同一車種に乗る効果については、「偶然ですけど、良好な家族かな」と笑顔の森田さん。これからも浮気をすることなくバラードと歩むつもりだ。
「死ぬまで乗ろうと思っています。本当に死んじゃったら、あとは子どもがなんとかしてくれると思っているので」と締めくくった。