亡き芦原妃名子さんへの苛烈な言葉の数々…『セクシー田中さん』日テレ調査報告書が「傷口」を広げた理由

日本テレビは5月31日、同局系連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家・芦原妃名子さんの訃報に関連して設置した社内特別調査チームの調査結果報告書を公開した。91ページに及ぶ報告書では、芦原さんが脚本家に不信感を抱き、降板を要求。9、10話の脚本を自ら書くなどし、脚本家が「脚本協力」で自身の名前をクレジットで入れるよう求めたことも拒否した対立などが示された。だが、同書には芦原さんが亡くなった原因を究明する内容はなく、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「身内と脚本家をかばうために作った文書なのか」などと指摘した。

西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】
西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】

元テレビ朝日法務部長・西脇亨輔弁護士の見解

 日本テレビは5月31日、同局系連続ドラマ『セクシー田中さん』の原作者で漫画家・芦原妃名子さんの訃報に関連して設置した社内特別調査チームの調査結果報告書を公開した。91ページに及ぶ報告書では、芦原さんが脚本家に不信感を抱き、降板を要求。9、10話の脚本を自ら書くなどし、脚本家が「脚本協力」で自身の名前をクレジットで入れるよう求めたことも拒否した対立などが示された。だが、同書には芦原さんが亡くなった原因を究明する内容はなく、元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士は「身内と脚本家をかばうために作った文書なのか」などと指摘した。

 報告書を読み終えた時「やっぱり」とため息が出た。これは調査報告書ではない。日本テレビの「主張」だった。

 確かに今回の調査は第三者委員会ではなく「社内」特別調査チームによるものだ。しかし、人の生命が失われた事件だ。社内調査であっても、厳正な結論が出されるのではないかと思っていた。

 だが、報告書の冒頭を見た瞬間、私は呆気にとられた。

 最初に、「芦原さんの死去」という本件の核心について「その原因の究明は目的としていない」と宣言していた。そして、直接ヒアリングを行った当事者は日本テレビ関係者13人と「脚本家」らの社外関係者3人のみ。原作を出版した小学館側は書面の回答のみで、他に亡くなった芦原さんの「声なき声」を代弁できるような立場の人から話を聞いた形跡はなかった。

 その結果、今回の調査報告書には芦原さんに対する苛烈な言葉の数々が並ぶことになった。

 報告書には、日本テレビプロデューサーは「原作に忠実に」という条件を当初言われてはいないが、芦原さんについて、小学館側から原作へのこだわりの強い「難しい作家」と言われたと書かれている。その上で、実際に制作を始めてみると、当初は芦原さんからの連絡が少なかったので「心配していたほどではなかったという話をしていた」とも書かれている。それはまるで、原作を守ろうとする原作者は難しい「心配のタネ」だと言わんばかりの表現だった。

 その後には、日本テレビプロデューサーの目から見た芦原さん像が書き連ねられている。

 芦原さんが脚本家の脚本について2回目のコメントした時、1回目のコメントで修正しなかった点も修正していたことについて「本件原作者が一度OKしたものを修正するのはルール違反であると思った」と記してある。芦原さんの脚本についての指摘が「かなり厳しい表現」なので、「脚本家には伝えないようにした」、芦原さんが自ら脚本を書くことについては「自分も大変憤っている」と脚本家に伝えたとした上で、「最終話まで放送を守りたい日本テレビとしては本件原作者の意向に従うという選択をせざるを得なかった」と記載されている。

 それはまるで、芦原さんが不合理なクレーマーで、日本テレビのプロデューサーはその被害者であるような表現だった。

 現在も口を開くことができるプロデューサー側の言い分だけを聞けば、自然とそうなるだろう。しかし、それを「調査結果」として垂れ流してしまってよいのか。芦原さん側の意見と比較検討した上でなければ、証拠としての価値がない「一方的な主張」を芦原さんがいない場で漫然と公開することは、ミスリードしか生まないのではないか。

 しかも、SNS上で芦原さんと議論になった「脚本家」による当初の原作改変やそのプロセスが具体的にどういったものだったかなど、その問題点は検討していない。一方で、最後のまとめにあたる「今後に向けた提言」に「脚本家との向き合い」という項目を設け、こう記載している。

「脚本家はクリエイターであり、その尊厳は尊重されるべきである」

 なぜ、それが書かれているのか。芦原さんが亡くなった今回の事案は「脚本家」の尊厳が問われたものではない。それとも今回の事案は原作者によって脚本家の尊厳が害された事案だと調査報告書は結論付けたいのだろうか。

 そしてこの「尊厳」という言葉は、調査報告書を何度読んでみても、原作者、そして、芦原さんに対しては使われていなかった。

 さらにドラマプロデューサーについても、芦原さんから指摘を受けないようにまだ撮影されていないシーンを「撮影済み」とウソをついたことについて「心情は理解できる」などと擁護する言葉を使っている。そして、その責任は何も追及していない。

 こうした内容を読むと「これは日本テレビが、身内と脚本家をかばうために作った文書なのだろうか」という疑問が自然と湧きあがってしまう。こんな一方的な内容では、「この事件で一体何があったのか」「芦原さんはなぜ追い詰められてしまったのか」といった真相は見えてこない。

調査報告書が出されるごとに真相から遠ざかっていく

 日本テレビは芦原さんの訃報当初の対応でも、いきなり「日本テレビは映像化の提案に際し、原作代理人である小学館を通じて原作者である芦原さんの御意見をいただきながら脚本制作作業の話し合いを重ね最終的に許諾をいただけた脚本を決定原稿とし、放送しております」という自己弁護のコメントを展開して批判を浴びた。今回もおそらくさまざまな法的指導の基に、こうした報告書になったのだろう(かつてテレビ局で法務の仕事をしていた弁護士として言わせていただくとすると、本当の危機の場面では法的見解は「参考程度」に聞いておいた方がいいと思う。危機の際に問われるのは、法律ではなく、会社としての人格、あり方だ)。

 この日本テレビの報告書に対して小学館側も、近く小学館としての調査報告書を公開するという。今度は小学館側の考えを確認できるかもしれない。

 しかし、この2社がバラバラに調査報告書を出すと、一体そのどちらを信用すべきなのかという問題も発生しかねない。そして、真相は遠ざかっていく。

 私は「最初から、今回の調査は第三者に委ねるべきだった」と思っている。日本テレビと小学館は人気の『名探偵コナン』などで深い付き合いがあるはずだ。中立公平な第三者の下で、2社が全面協力して調査を進め、客観的な判断を示してもらうべきだっただろう。

 今回の報告書を見る限り、第三者が主導するプロセスを経なければ、疑念と傷つけ合いだけが膨らむと感じた。そんなことは誰も、きっと芦原さんも、望んでいないのではないだろうか。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。社内問題解決に加え社外の刑事事件も担当し、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反などの事件で被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。同6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。同7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、同11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。今年4月末には、YouTube「西脇亨輔チャンネル」を開設した。

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