LEONA 左足壊死の危機とリハビリ中に響いた父・藤波辰爾&ユーミンの言葉

プロレスラーのLEONA(26)がドラディション25日の東京・後楽園ホール大会で行われる新井健一郎(47)戦で1年3か月ぶりに復帰する。昨年7月、左足甲の距骨を骨折し、キャリア初の長期離脱を強いられた。負傷箇所は壊死する可能性もあった。そんなLEONAが復帰中、勇気づけられたのは父・藤波辰爾(65)と“ユーミン"こと松任谷由実(65)の言葉だった。

LEONA第2章が始まる
LEONA第2章が始まる

昨年7月、左足甲の距骨を骨折し全身麻酔で手術

 プロレスラーのLEONA(26)がドラディション25日の東京・後楽園ホール大会で行われる新井健一郎(47)戦で1年3か月ぶりに復帰する。昨年7月、左足甲の距骨を骨折し、キャリア初の長期離脱を強いられた。負傷箇所は壊死する可能性もあった。そんなLEONAが復帰中、勇気づけられたのは父・藤波辰爾(65)と“ユーミン”こと松任谷由実(65)の言葉だった。

――復帰を控えた現在の心境は。

「感覚としては船木さんとのデビュー戦の前と同じような気持ちですね。5年近くレスリングやっていて1年3か月空くわけですからリングに対する気持ちは新鮮で、ニュートラルな気持ちです」

――昨年7月に左足甲を骨折し、1年3か月欠場しました。

「自分の気持ち的な部分で言ってこなかったんですけど、かなり複雑な箇所でした。血が通う骨ということで、そこが折れた。一時期、骨の壊死とか、そういう危険な可能性もあったんですけど、本当にうまく手術もしていただいて、骨も元通りに再生して、元あった位置にもう一度できた。それで1年3か月っていう時間は経ってしまったんですが、リングに戻っていいよという判断をしてもらった。自分的には足に不安はないですね」

――手術はいつしましたか。

「ケガした4日後です。というのも、骨に血流がある場所なので、1秒でも早くつながないと血流がどんどん滞ってしまう。これも本当に運がよくて、ケガして4日後に手術をしていただけたっていうのが、ここまで回復にこぎつけられた1つの要因かなと思います」

――大変な手術だったと聞きます。

「全身麻酔でした。正直、その間、何が起きていたか分からないです。ただ、日常生活にまず戻れる確率として、フィフティーフィフティー的な話だったらしくて、僕には伝わってなかったんですけど、家族には伝わっていた。1か月弱、病院で過ごしました。それまでの人生の中で、一番大きなケガだったですね」

――リハビリは長期に渡りました。

「ちょっときつかったですね。足首という箇所もあったので、最初はなかなか自分が思うように動かなくて、だんだんと足をつくのが怖くなってくる。先生からは『1年、2年のスパンで物事を考えてくれ』と言われました。でも、最初は7月にケガして、10月のドラディションで復帰するつもりだったんです。父とも話をして、『出る』と言いました。『オマエの意思はどうなんだ?』と聞かれたので、『いや、僕はどうやってでも出る』という話をして、父も『分かった』と。でも、そうこうしているうちに、足が思うようにいかなくなって……。結句、ドクターストップがかかってしまいました」

――つい無理をしてしまうのはレスラーの性ですね。

「あの時、ドクターストップがかかって助けられた部分もあるんです。完全に素人判断で、距骨を折って2か月後にファイトするなんてことは言語道断でした。そもそも骨が全く、くっついていない。血流がある骨が1回折れると、骨がなくなっていくんです。どんどん小さくなっていって。そもそも復帰できるような話じゃなかった。結局、2019年の1月までは松葉杖だったですね。足首の真ん中にある要石みたいな大切な骨でした。全治は2年で『2年で普段の生活ができるようになればラッキーだね』と言われました」

――努力のかいあって、当初の予定より早い復帰です。

「レスリングの許可が下りたのが8月の頭だったんです。先生とも話して『1年でここまで骨が元通りに戻ってよかった』という感じですね」

復帰戦に向け仕上げに入った
復帰戦に向け仕上げに入った

父・辰爾からは「とにかく焦るな!」のアドバイス

――欠場中、一番大変だったことは?

「入院している時は生まれて初めてプロレスをどう見ていいのかが分からなくなってしまいました。完全に置いてけぼりを食ったような気持ちというか、そういったものにすごくさいなまれましたね。いろんな団体に迷惑をかけて、自分が穴を空けてしまった部分をいろんな選手が埋めてくれたのはありがたいことなんですけど……。手術が終わって、目が覚めて、そこから退院するまでは1回もプロレスは見れなかったです」

――お父さんから欠場中にアドバイスはありましたか。

「父親は僕が生まれる前ですけど、1年半、椎間板ヘルニアで欠場した時のことを話してくれました。『とにかく焦るな』『1回つらい思いをすることとか、悔しい思いをすることは、自分にしかできない経験だと思って、ここは本当に耐えて、その気持ちを忘れないようにしとけ』と言われました」

――いったん、リングから離れてプロレスに対する見方は変わりましたか?

「プロレスのリングというものが、特別で簡単な場所じゃないということはもちろん、分かっていましたし、『プロレスに対する恐怖心というものを常に持つように』と父からは言われていました。そのことを今回、より鮮明に自分の中で実感するものがありました。あとはLEONAっていう選手を客観的にもう1回、見つめ直すことができた。すごくいい機会になりました」

――どういう意味でしょうか。

「藤波辰爾の息子という形で生まれて、何をするにしても比べられたり、いろんな部分で目を向けられるっていうことは今までもあったんですけど、自分の中でそれに変に慣れてしまっている部分があった。すごく縮こまってリングに上がっていた。退院して、『もう1回復帰したいんだ』『みんなに追いつきたいんだ』という思いが芽生えて、自分の映像を見た時に、すごくリングの中の自分が小さく見える瞬間があった。失敗を恐れていると感じました」

――改めて己を見つめ直し、心境の変化がありましたか。

「この1年3か月の欠場は、逆に与えられたチャンスだと思っています。失敗を恐れずにリングで自分の力を開放させる、その心の弾みがついた時に人はレスラーとして強くなっていく。自分の生まれ持った環境であったり、バックボーンを変えることは望まないですし、それを背負ってこれからも歩んでいく決意は1ミリたりとも変わらない。だからこそ、自分が背負うものをどう理解して、自分の力につなげていくか。この理解するっていうことがすごく大切だと思います」

――欠場中は、さまざまな雑用もこなしました。

「プロレスの大会をレスラーじゃない立場から改めてもう1回、外側から見ることができたっていうのはすごく大きかったですね。リングの中では見えないこともたくさんありました。例えば、単純ですけど、お客さんはお金を払って会場まで足を運んで、席に座ってプロレスを見る。レスラーの時は、好きな人が見に来てくれてありがたいという思いはもちろんありますけど、ある意味、当たり前の出来事として捉えていた。でも、それは当たり前のことではない。『プロレスファンの人たちは、リングに何を見に来ているんだろう』という部分はすごく考えさせられました」

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