松本人志側の要求「女性の個人情報を出せ」の是非…弁護士が解説、必要なのは「いつの飲み会の、誰なのか」

昨年末に週刊文春に性行為強要疑惑を報じられ、ダウンタウン・松本人志(60)が同誌を発行する文藝春秋と竹田聖編集長に約5.5億円の損害賠償請求など求めて提訴した裁判の第1回口頭弁論が28日、東京地裁で行われた。文春側は全面的に争う姿勢を示し、文代理人は週刊文春記事で性的被害を訴えているA子さん、B子さんについて、松本側が「存在が分からないから認否できない」とし、氏名、生年月日、携帯電話の番号、LINEのアカウント、容貌・容姿が分かる写真を求めたことを「ひどい」と批判した。一方、松本側は「当然のこと」している。出鼻から食い違う両者の主張を元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が解説した。

ダウンタウン・松本人志【写真:ENCOUNT編集部】
ダウンタウン・松本人志【写真:ENCOUNT編集部】

元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士、文春裁判第1回口頭弁論を解説

 昨年末に週刊文春に性行為強要疑惑を報じられ、ダウンタウン・松本人志(60)が同誌を発行する文藝春秋と竹田聖編集長に約5.5億円の損害賠償請求など求めて提訴した裁判の第1回口頭弁論が28日、東京地裁で行われた。文春側は全面的に争う姿勢を示し、文代理人は週刊文春記事で性的被害を訴えているA子さん、B子さんについて、松本側が「存在が分からないから認否できない」とし、氏名、生年月日、携帯電話の番号、LINEのアカウント、容貌・容姿が分かる写真を求めたことを「ひどい」と批判した。一方、松本側は「当然のこと」している。出鼻から食い違う両者の主張を元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が解説した。

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「女性の氏名住所や写真を明かさない限り、事件について答えられない」

 松本人志氏側のこの要求は、我が国の民事裁判を巡る難題を浮き彫りにした。

 3月28日、松本人志氏が文藝春秋社などを名誉毀損で訴えた裁判の第1回口頭弁論が開かれた。午後2時半に始まった裁判に松本人志氏は出廷せず、文春側弁護士が松本氏の訴状に対する答弁書を提出する等の手続きだけをして5分ほどで閉廷した。

 ここまでは予想通りだが、私はこの日は最初の手続きだけ行い、本格的な論争は次回から始まるだろうと思っていた。

 だが、先に仕掛けたのは文春側だった。我が国の民事裁判では、被告側が最初に提出する答弁書は「形だけ」のもので、詳しい主張は次回以降に行うと書かれていることが多いが、今回の文春側の答弁書は「記事は正当な報道だ」という主張の概要を書いた上で、松本氏側にある質問を投げかけていた。

 松本氏は一体、この記事のどの部分を認めて、どの部分を認めないのか。

 答弁書には記事内容がずらりと並べられていて、その認否をはっきりさせるように松本氏側に迫ったのだ。

 例えばA子さんについては

(1)2015年冬、六本木のスイートルームで、スピードワゴン小沢氏やA子さんなど6人で酒席をともにした。

(2)A子さんと寝室で2人きりになった。

(3)A子さんにキスした。

(4)A子さんに『俺の子供、産めるの?』と発言した。

 などと事実を一つずつに分けて番号を付け、松本氏が何番までは認めて、何番からは争うのか回答するよう求めている。

 すると、松本氏側は予想を超える対応に出た。それは「A子さんやB子さんの住所氏名等を明かさない限り、それが誰か分からないので答えようがない」というものだった。文春側の弁護士によると、松本氏側は2人の女性の氏名、住所、生年月日、携帯電話番号、LINEアカウント、そして、容姿などが分かる写真を開示するよう要求したという。
 
 これについては、性被害者へのセカンドレイプにつながるという声が上がる一方で、「相手の身元が分からなければ、松本氏も反論しようがない」という意見も出され、議論が紛糾している。報道機関にとっては「取材源をどこまで守れるか」という重要な問題をはらんでいる。取材に協力してくれた人を守り抜くことは報道の信頼を保つための鉄則だ。

 一方で、現状では証人を申請する場合などにはその実名や住所を裁判所などに示すのが通常だ(顔写真は聞いたことがない)。私はテレビ局の法務部に勤めていた時、「取材源を危険にさらすなら、自社の裁判が不利になっても構わない」という方針で裁判を担当していた。今回、文春側は取材源のA子さんらを守りながら勝訴しなければならない立場にあるが、松本氏側の要求はその弱点を突くものともいえる。

 では、この事態をどう解決すればいいのか。裁判所も頭を悩ますことになりそうだが、今、我が国の法律はある方向に変わろうとしている。

昨年から「匿名」で性被害の提訴可能、今年2月から刑事事件でも

 それは性被害を訴えた人の保護の徹底だ。

 昨年から、性被害などを民事裁判で訴える場合、原告が氏名も名前も隠して「匿名」で裁判を起こせるようになった。

 さらに今年2月には改正刑事訴訟法が施行され、性犯罪などの疑いで容疑者を逮捕する際、逮捕状などの被害者の記載は「匿名」でよいことになった。弁護人には「容疑者には伝えない」という条件で、原則として情報が開示される。

 このようにえん罪を生むことは許されない刑事事件でさえ、性犯罪被害者の情報を相手方に秘密にできるようになり、性被害の訴えを躊躇させない制度が次々とスタートしている。

 その一方で、性加害を疑われた側が無実を訴える機会を奪ってもいけない。そのバランスをどうとるのか。この裁判は「文春記事は真実かどうか」という本題に入る前から難問に悩まされることになったのだ。

 ただ、よく考えてみると今回の裁判で、女性の氏名住所が分からないと困ることは実際にあるのだろうか。住所が分かったからといって、女性のもとに押しかけるわけにはいかないし、一夜限りの関係だとすると松本氏はそもそもA子さんらの名前や住所をこれまで知らなかった可能性もある。

 松本氏側が裁判で必要なのはA子さんらの個人情報ではなく、「いつの飲み会の、誰なのか」が分かることだ。だとすれば、現在は文春記事に「2015年冬」となっている飲み会の日時を特定させたり、その参加者の中で識別できる特徴を挙げたりすれば、匿名のままで裁判を進めても問題はさほどなくなるかもしれない。または女性の個人情報を明かすにしても、住所は勤務先のものなどを適宜使うことが裁判実務上多いので(松本氏も訴状で自分の実際の住所は書いていないと思う)文春本社の住所を連絡先にするなど最小限のものにし、一般の人の記録閲覧を制限するなどの工夫も考えられる。そうした案を両当事者と裁判所が持ち寄りながら、性被害を訴える人の保護と事実の確認を両立させることができるのか。いずれにせよ、この裁判の進行は慎重でゆっくりなものになると、初日の動きをみて思った。

 次回期日は6月5日。この裁判にはこれからいくつの壁が待ち受けているのか。ゴールにたどり着くためにはその一つひとつ乗り越えていかなければならない。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。弁護士登録をし、社内問題解決などを担当。社外の刑事事件も担当し、詐欺罪、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反の事件で弁護した被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。

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