高岡早紀、人との接し方を見直すきっかけは息子の言葉「ママの言い方が怖い」…「子どもたちの目は時代の目」

デビュー35周年の俳優・高岡早紀が1月31日、歌手復帰10周年を記念したアルバム『Decade Sings Cinematic』をリリースした。1988年、シングル『真夜中のサブリナ』でアイドルデビュー。その後は俳優一本で活動してきたが、亡き父の親友だったジャズ・ピアニストの山下洋輔との共演がきっかけで、2013年に22年ぶりに歌手活動を再開し、今年10周年を迎えた。3人の子育てをしながらの芸能生活。51歳になった高岡が、ENCOUNTに「これまで」と「今」を語った。

芸能活動35年を振り返った高岡早紀【写真:冨田味我】
芸能活動35年を振り返った高岡早紀【写真:冨田味我】

家族、子育て、芸能活動35年の「これまで」と「今」

 デビュー35周年の俳優・高岡早紀が1月31日、歌手復帰10周年を記念したアルバム『Decade Sings Cinematic』をリリースした。1988年、シングル『真夜中のサブリナ』でアイドルデビュー。その後は俳優一本で活動してきたが、亡き父の親友だったジャズ・ピアニストの山下洋輔との共演がきっかけで、2013年に22年ぶりに歌手活動を再開し、今年10周年を迎えた。3人の子育てをしながらの芸能生活。51歳になった高岡が、ENCOUNTに「これまで」と「今」を語った。(取材・文=福嶋剛)

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――歌手活動の再開から10年が経ちました。

「あっという間でした。女優としても歌手としてもいろんなことをやってきたので、内容的にはとても充実した10年でした。歌うことを再開してから定期的に作品を作り、ライブも行い、フェスにも出演してきて、毎年、当たり前のように歌ってきた分、『すごく速いな』って感じます」

――高岡さんがアイドル歌手だったことを知らない世代も増えてきました。

「デビューから数えると35年ですからね。最近、スタジオに行くと20代とか、30代前半とか、私がこの世界で仕事をしてきた時間も生きてない人たちと一緒に仕事する機会が来るなんてビックリです。『アイドルだったんですか?』って言われることもあります(笑)」

――デビューから35年を振り返ってみて。

「『中身の詰まった濃厚な35年だな』って自負はあります。(アイドルとして)デビューした頃は忙しいを通り越し、目が回りすぎるくらい大変でした。役者として活動を始めてからは『時間がない』という程に忙しい訳でもなかったですが、3人の子育てを含めてとっても豊かな35年を生きてきたという実感はあります」

――高岡さんにとってのターニングポイントは。

「子どもたちが成人したあたりかもしれませんね。私には25歳の長男、23歳の次男、13歳の長女がいて、子どもたちが小さい頃は『とにかく稼がなきゃ』って何事にも必死でした。それで、長男と次男が成人を迎えて、今まで気を張ってきた分、『そろそろ自分のペースでもいいかな』ってちょっとホッとしたので、そこかもしれませんね」

――子育てから学ぶことは多かったですか。

「たくさんあります。一番近くで私を見ているから、私が気付いていなかったことを子どもたちが冷静に指摘してくれるんです。昔、マネジャーに電話をしていたら、息子が『ママの言い方が怖い』って。『他人に対して何でそんな言い方をするの?』と言われました。年下の若いマネジャーだったので、つい上から目線の言葉になっていました。私が若い頃の芸能界は上下関係が厳しい男社会。そういうものが当たり前という意識がしみついていたのですが、息子の指摘で『見直さなくちゃ』って。それから人との接し方も変わりました」

――子どもたちの目は「時代の目」でもあったと。

「そう思います。子どもたちから教えてもらったことは撮影現場やバラエティー番組でも生かされていて、若い人たちとのコミュニケーションにもつながっています。若い人たちから先輩扱いされるのは仕方がないですが、これからも自分から『私も仲間に入れて~』って言えるような人でいたいですね」

――お嬢さんは高岡さんがデビューした年齢になりました。

「先日、亡くなられた篠山紀信先生には私が14歳だった頃、デビューアルバム『サブリナ』のジャケット写真を撮っていただきました。それを思い出し、『娘も同じ歳になるんだになった』と。だけど今、母親の立場になると『そんな年齢の娘を芸能界に送り出すなんて絶対に無理』と思っちゃいますね」

――当時、高岡さんのお母さまはどんな心境だったのでしょうか。

「(芸能界入りは)反対されませんでしたけど、内心はハラハラしていたでしょうね。父は私が6歳の時に交通事故で亡くなったので、母が私と兄と妹を育ててくれました。母はとても大らかなで明るい性格。母の周りには子どもから大人までいろんな人が自然と集まってきて、誰にでも優しくできる人なんです。私たちに対しては言葉で何かを伝えるよりも『背中を見て学びなさい』というタイプでしたね」

――高岡さんの交友関係の広さは母親譲りなんですね。

「『親子の関係って抗えないな』ってつくづく感じます。若い頃はそんなタイプじゃなかったのに、歳を重ねていくにつれて母に似てきています。特に最近は老若男女問わず、いろんな人と話すのが楽しくて。昔は父親似だった顔まで母に似てきました(笑)」

老若男女問わず、いろんな人と話すことが楽しいと語る【写真:冨田味我】
老若男女問わず、いろんな人と話すことが楽しいと語る【写真:冨田味我】

歌手活動を再開できたのは山下洋輔さんのおかげ

――お父さまとの思い出は。

「ほとんどなくて、家に残っている写真を見て『こんなことあったんだね』って。父は新宿区戸山町出身でジャズが好きでギタリストになりたかったらしいんです。それで、母と新宿駅西口にジャズ喫茶『エアジン』を(1969年に)オープンさせた後に横浜に移り、父が亡くなってからは、叔父が2代目の店長をやっています。ジャズ・ピアニストの山下洋輔さんが父と大親友で、生前の父を一番よく知っている方なんです」

――山下さんとは、幼かった頃から交流があったんですね。

「はい。身近でずっと私を見守ってくれた大切な方です。小中高と『卒業しました』『入学しました』を報告していましたし、『デビューします』と言ったら、『じゃあ、サインを一緒に練習しましょう』と。私が最初に書いたサイン色紙は、今でも山下さんのお家にあります。舞台も見に来てくれますし、テレビに出演していると『見たよ?』ってメールや電話をいただいたりします。(笑)」

――今回のベスト盤に収録されている山下さんのピアノ伴奏による『君待てども ~I’m waiting for you~』は、22年ぶりに歌手活動を再開するきっかけの曲ですね。

「歌手として活動再開できたのも山下さんとの共演があったからです。ジャズに精通している訳ではありませんが、ジャズとの縁が、私の人生の大きなバックグラウンドになっているのは間違いありません」

――歌うことには、芝居とは違う面白さがあるのでしょうか。

「お芝居と音楽はそもそも表現する世界が違うので、どちらにも面白さはあります。アイドルを辞めてから女優一本でやってきた高岡早紀という世界観を大切にしながら『高岡早紀だったらどんな風に歌うのか』を常に考えながら歌と向き合っています」

――2021年にエッセイ『魔性ですか?』を出版しました。「高岡早紀=魔性の女」という世間のイメージを逆手に取ったタイトルで中身も話題となりました。

「3年前なので忘れちゃいました(笑)。『魔性という言葉には慣れました』とは、今でも絶対に言えないのですが、出版するにあたり、お話をいただいた女性編集者さんから『魔性の女というのは決してネガティブじゃなく、ポジティブに捉える褒め言葉』というような視点をいただきました。『なるほどな』と思いました。それからはポジティブに捉えています」

――高岡さんは、厳しい世界をどのように乗り越えてきたのですか。

「昔は芸能界も女性にとって厳しい世界でした。なので、周りの大人たちから『生意気な小娘』と思われるくらい、たくましく生きていかないとやっていけなかったんです。あとは、子どもたちのおかげです。子どもがいなかったら、こんなにせっせとこの世界で働かなかったかもしれないです。『生まれてからの51年間、プライベートも仕事もいろんな経験があったから今がある』『これまでの出来事は全て今の私を形成するために必要な要素だった』と心から思っています」

――高岡さんにとっての年齢とは。

「『年齢は記号』とおっしゃる方もいますけど、私にとっては『生きてきた証し』かな。芸能界に入って35年間、ちゃんと自分で歩いてきた足跡はこれからも大切にし、年齢に恥じないように負けないように生きていきたいです」

――加齢をポジティブに受け止めているということでしょうか。

「ポジティブでもないし、ネガティブでもないかな。やっぱり、鏡に向かって、『今の自分はこうなんですよ』と言い聞かせてあげることも大事です。あとは体力ですよね。すぐ疲れちゃって、なかなか回復しないのでもろに年齢を感じます(笑)。睡眠不足で仕事をすると、絶対しくじっちゃうし。だから『歳を取る』ということはネガでもポジでもなくて、『どう付き合っていくか』が大切なのかなって思います」

□高岡早紀(たかおか・さき) 1972年12月3日、神奈川・藤沢市生まれ。7歳でクラシック・バレエを始め、87年、高級革靴メーカーのマドラスが主催し、約4600人が応募した「第3回シンデレラ・コンテスト」で優勝して芸能界入り。88年、1stシングル『真夜中のサブリナ』でデビュー。91年、アルバム『S’Wonderful!』発表後は俳優活動に専念。94年、映画『忠臣蔵外伝 四谷怪談』で日本アカデミー賞最優秀主演女優賞を受賞。2013年、デビュー25周年のメモリアル・イヤーに22年ぶりとなるシングル『君待てども I’m waiting for you ~』を配信。世界的ジャズ・ピアニスト、山下洋輔との共演。14年にも、山下とコラボしたアルバム『SINGS Bedtime Stories』を発売し、コンサート活動を23年ぶりに再開。以降は、さまざまなフェス、イベントにも出演している。

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