【映画とプロレス #20】アリと猪木の物語~映画「第十七捕虜収容所」に隠された新間寿のひらめき
「炎のファイター」のB面「いつも一緒に」
さて、「アリ/ザ・グレーテスト」で音楽を担当したマイケル・マッサーは、「ALI’S THEME」を筆頭に多くの場面でアリ・ボンバイエのサビにあたる部分を繰り返し引用、作品をよりドラマチックに盛り上げた。そのため、アリ・ボンバイエがテーマ曲のように思われがちだが、実際のメインタイトルソングとされているのは公開前年にグラミー賞を初受賞した黒人シンガー、ジョージ・ベンソンが唄う「THE GREATEST LOVE OF ALL」だ。マッサーが手がけたこの曲は86年にホイットニー・ヒューストンがカバー、感動的な歌詞に乗せたスケールの大きい歌唱で彼女の代表曲のひとつとなった。よって、てっきりホイットニーの曲とばかり思っていたのだが、原曲はアリ映画の主題歌だったのだ。映画ではアリが黙々とランニングをするオープニングでこの曲がかかる。ホイットニーのバージョンとは異なり、男性ボーカルのこちらの方がしっとりと歌いあげられている。歌詞にはアリの決意が込められているようで、その意味がわかれば映画の内容、つまりアリの半生がより胸に響くこと必至だ。
ホイットニーを筆頭に、ダイアナ・ロス、ディオンヌ・ワーウィックら大物に多くの楽曲を提供したマッサー作曲によるジョージ・ベンソンの歌は、エンディングでも聞かれる。「I ALWAYS KNEW I HAD IT IN ME」(邦題「いつも一緒に」)。こちらは「ALI’S THEME」に歌詞をつけた曲だ。邦題で気づいたオールドファンもいるかもしれない。「炎のファイター」B面に収録された、倍賞美津子(当時の猪木夫人)の同名曲なのである。日本語詞が、なかにし礼で、作曲はマイケル・マッサー。つまり「アリ/ザ・グレーテスト」エンディング曲のカバーなのだ。こちらではオリジナルのスローバラードからアリ・ボンバイエのメロディーを前面に押し出した上でアップテンポにアレンジ。むしろ「炎のファイター」のカバーに聞こえるだろう。
倍賞美津子が「いつも一緒に」で、「いつも一緒なの」と唄うサビの部分。すなわち、「炎のファイター」のクライマックスにあたるパートを訳してみるとこうなった。「どう説明したらいいのだろう? 私が過ごしてきた人生を。愛した友とともに過ごした時間を。彼らはいまも私の心の中にいる。私の人生はまだ始まったばかり」。この歌詞の部分をダイナミックに押し出したのがボクシングの試合場面で使われる「ALI BOMBAYE(ZAIRE CHANT)Ⅰ」「ALI BOMBAYE(ZAIRE CHANT)Ⅱ」。こちらはマイケル・マッサーとパナマ出身のファンク・ソウルバンド、マンドリルとの共作だ。南米の要素を取り入れることで、よりいっそうブラジルでの少年時代という猪木の背景とも重なったのだろう。そこを感じ取ったのが新間だったということか。映像が目、音楽が耳に留まり、「炎のファイター」へと昇華したのである。