きっかけはジュニア時代に感じた経済格差 箕輪ひろばが子どもに格闘技する場を無償提供する理由

4年ぶりに開催されるONEの日本大会「ONE 165」(1月28日、東京・有明アリーナ)に出場する箕輪ひろば(25=総合格闘技道場STF)。元レスリング五輪選手の強豪であるグスタボ・バラート(36=キューバ)戦を前に箕輪が取り組む子どもの未来応援活動について話を聞いた。

インタビューに応じた箕輪ひろば【写真:ENCOUNT編集部】
インタビューに応じた箕輪ひろば【写真:ENCOUNT編集部】

1月28日のONE日本対会でグスタボ・バラートと対戦

 4年ぶりに開催されるONEの日本大会「ONE 165」(1月28日、東京・有明アリーナ)に出場する箕輪ひろば(25=総合格闘技道場STF)。元レスリング五輪選手の強豪であるグスタボ・バラート(36=キューバ)戦を前に箕輪が取り組む子どもの未来応援活動について話を聞いた。(取材・文=島田将斗)

「経済面をいかにフラットにできるか」――。これがジュニア世代に格闘技を普及させる上で箕輪が設定した課題だった。

 格闘家として戦いながら、子どもたちに無償で格闘技を習う場を提供している。他にも格闘技大会の参加費を無料にしたりと格闘技を普及させるため精力的に活動をしている。今年で2年目となる取り組みを始めたきっかけは何だったのか。

「僕はジュニア修斗からやらせてもらっていました。そのときに僕よりもセンス、才能があってもお金の事情で試合に出場できなかったり、ジムの会費を払えないから辞めたりとか、そういう現実を目の当たりにしてきて、『もったいないな』という思いがありました」

 子どもの習い事にはお金がかかるものだ。格闘技の場合、月のレッスン費のほかにグローブ、レガース、道着や練習着などでもお金が必要になってくる。

「僕がジュニアだった10年前って格闘技が人気の今とは違って、ネットも発達していなくて誰かに教わるスタンスでないと成長できない環境でした。PRIDE、DREAMも終わって、RIZINもない。そもそも『格闘技なんかやるな、危ない』って。そんな時代でした」

 格闘氷河期とも言える時代に格闘技を始めた。最初は親の半強制的な雰囲気だったというが、“プロシューター”たちの姿が目標、理想へと変わる。

「修斗って特に今はやりのあおりもないし、良くも悪くも硬派なイメージありますよね。自分はそうやって取り組んでいる人を見て、『こうなりたい』と格闘技を始めました」

 他の格闘技団体のように派手な演出はない。それでも堀口恭司や平良達郎など世界で戦う選手を輩出してきた団体だ。箕輪はジュニア時代からアマチュア修斗で経験を積み、17歳でプロ修斗へ。20年には修斗世界ストロー級の王者となった。

「硬派が良くないと思われている世界観も良くないけど、それを僕が修斗王者になった時点で変えるのは難しいなと思いました。選ばれた何人かがやっている競技で有名になって何かを起こすのは難しいんですよ」

 格闘技を発展させるにはどうすればいいのか。真っ先に思いついたのは“分母”、つまり競技人口を増やすことだった。ジュニアからやってきた自分だからこそ感じた視点がある。

「とりあえず分母を増やさないといけない。自分は子どものころからやってきて、学生から始めた人、僕より年上でMMAを始めた人と戦ってきたんですよ、でもジュニアからやってる僕には勝てない。将来野球選手になりたかったら少年野球チームに入るのと同じです。当時MMAはそれがなかったんですよ。

 レスリング、ボクシングのキャリアを終えてからMMAに転向する流れが強くて、幼いながらに『そうじゃない』となんとなく分かっていました。MMAをやりたいなら、最初からやる。現在のMMAの技術が発展してきているなかで、自分は子どもたちになるべく多くMMAをやらせてあげたいと思いました」

無償へのこだわり「1万円を5000円にするのではなく0円に」

 自身のジュニア時代を振り返ると「なぜ?」と感じる場面が多々あった。才能があるのに試合に出ない仲間たち。大人になって自分でお金を稼ぐようになってから、その理由に気が付いた。

「当時は『お前、試合出ないんだ』って感じだったんですけど、今思えばそいつは出たかったかもしれない。親が格闘技を子どもに勧めない理由のひとつとして費用が『高いから』は言わせたくなかった」

 さらにこう続ける。

「やりたくても親からの支援は受けられない子たちが練習用と試合用のパンツを同じもので戦っている。そういう子たちの環境をなんとかしたくて、お金の部分は0円が絶対だったんです。1万円を5000円にするのではなく、0円にしたかった」

 最初は試合の参加費を無料にすることから始めた。ジュニア世代のベルト、目指すべき目標でもある「修斗チャンピオンズカップ」も作った。

「ばく然とジュニアの大会をたくさん作るのではなく、『なにか目指すものを作って』とお願いしてタイトルを作ってもらいました。僕は視野がぶれずにジュニア修斗で王者になって、アマチュア修斗に出てプロ修斗に行くっていう道筋を大事にしたかった。他の団体に行っちゃうのはやっぱり悲しいじゃないですか」

 修斗への思いも強い。「修斗の子は修斗じゃないですけど、修斗で育ったなら修斗でベルトを獲ろうよって気持ちで僕はいます」とうなずいた。

 格闘家も常にお金が稼げる仕事ではない。「大変かどうかで聞かれたら大変です。でもしょうがないですよね。やりたくてこの活動をしてしまっている。大変なことは正直分かっていたので、逆に今は親に感謝していますね。格闘氷河期のなかで修斗王者になりたいって言ってからはグローブがなかったこともないし、練習着が足りないこともなかった。なるべく同じものを使わせてくれたのはすごいこと。そのグローブがいまはいくらか分かるので考えられないことです」と率直な思いを吐露した。

“ビジネス”にならない活動を続けるワケ「恩返しの一環ですよ」

 ここ数年で格闘技のすそ野を大きく広げたのは、間違いなく朝倉未来が社長を務める格闘技エンターテインメント「BreakingDown」だ。それでも魔裟斗ら格闘界のOBは近年の不良先行の流れに苦言を呈している。しかし、良くも悪くも話題になるイベントも業界を盛り上げたいという部分では同じだ。立場的に正反対な活動をしている箕輪はどう見ているのか。

「不良が格闘技をやっているように見えるのは良くないとは思う。イメージが悪いじゃないですか。刺青入っている人がヤクザと思われてしまうのと一緒ですよ。その固定概念をひっくり返すのは無理なんですよ。ただでさえ格闘技に良くないイメージがあるなかで良くないことをしているだけになっちゃう。

 ただ不良が注目を集めるのは、もう絶対ですよ。アスリートの1試合見るよりも不良の1試合を見る人の方が絶対多いんですよ。それがなぜかと言ったら不良たちの喧嘩の方が自分たち(視聴者)に近いから。感情が出てるって入りやすいんですよ」

 さらにこう続ける。

「ビジネスとしてはBreakingDownみたいになった方がお金も入るし盛り上がる。結局見せ方の問題で不良がそのまま不良として格闘技をやっているから良くない。(朝倉)未来さんの場合はきちんと更生して、今じゃ億万長者。あれが正しい見せ方です。

 不良だったけど、格闘技をやって、いまは更生しましたって言ったら格闘技がすごく良いものになる。不良が不良のままやっていたらチンピラと一緒なので。不良が良くないっていう薄い話をするんじゃなくて、不良をどう使うかが重要なんですよね。あおり云々はどうでもいいんです」

 あおりのないカード発表会見はネットで話題になった。これに対して「僕らがやっても喧嘩じゃない」と持論を展開する。

「格闘技と喧嘩を勘違いしている人たちは本当の喧嘩をしたことないんですよ。場所もルールも時間も決められていて、しかも第三者が止めてくれるわけじゃないですか。喧嘩は急に後ろからぶっ飛ばされることだってある。

 だから格闘技は競技なんです。やっていることはどちらも暴力なんですけど、ルールを作って競技にした手前、喧嘩とは一線を引かないと。不良でも決められたことはちゃんと守ってやる。そういう見せ方はしないとダメですよ」

 子どもたちのために無償で格闘技をする場を提供する。それはお金、時間のかかることだ。“ビジネス”にはならない。なぜ、それでも続けられるのか。

「そんなの僕がチャンピオンになる上でいろんな人に支援してもらったからですよ。チャンピオンになったらそれを返さないと。修斗王者になるまでは僕のわがまま。ONEの王者になるのも自分本位すぎる。だから恩返しの一環ですよ」

 格闘技を習うことは格闘技を身につけることだけに終わらない。箕輪が伝えたいことはもっと奥深くにある。

「格闘技って楽しいだけじゃない。つらいことを楽しいことと思えるか。それは社会に出たらいくらでもあるわけです。そういう環境に早く入らなきゃいけない子どもたちが格闘技を嫌にならないように心がけて教えていきたいですとね。大変だけど僕なりにコツコツやらせてもらいますよ」

「だからこそ次のステージに僕が行かなきゃいけない」――。2連敗で迎えたバラート戦。勝敗以上に大きなものを抱えて箕輪は逆境に立ち向かう。

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