喫煙は会社から制限されるべきなのか 「健康経営」専門家が考える“進む禁煙化”の是非

ドラッグストア大手のウエルシアは3年後までに全店舗でたばこ販売を終了することを発表した。理由は、「健康に対する企業としての姿勢」を示す為、「健康経営の推進」を掲げているのでたばこ販売は不適切という判断だという。

健康経営について語る新井卓二教授【写真:本人提供】
健康経営について語る新井卓二教授【写真:本人提供】

専門家が解説、「健康管理のために従業員の行動・習慣を制限すること」への是非は

 ドラッグストア大手のウエルシアは3年後までに全店舗でたばこ販売を終了することを発表した。理由は、「健康に対する企業としての姿勢」を示す為、「健康経営の推進」を掲げているのでたばこ販売は不適切という判断だという。

 健康経営とは従業員等の健康保持・増進の取り組みが、将来的に収益性を高める投資であるとの考えの下、健康管理を経営的視点から考え、戦略的に実践すること(健康投資とは、健康経営の考え方に基づいた具体的な取り組みの一つ)。健康経営は多側面に評価されるものであり、且つ具体策においても禁煙推進の取り組みは必須ではない。喫煙に関わる評価項目については、2019年より受動喫煙対策は必須化、21年より従業員の喫煙率を下げる取り組みに関する設問が「選択項目」として追加された。

「従業員の健康管理」は勤務先がやるべきとの回答が80%である一方、「健康管理のために従業員の行動・習慣を制限すること」については、やる必要はないとの回答が65%強。健康管理が行動・習慣の制限にまで及ぶことに対しては、大半の人が行き過ぎだと感じているというデータもある。

 健康経営という概念がなぜ流行したのか、また勤務先から行動や習慣を制限されることの是非についてビューティ&ウエルネス専門職大学教授の新井卓二氏に話を聞いた。

 ◇ ◇ ◇

――健康経営とはそもそもどういった考え方なのでしょうか。

「健康経営という概念自体は1990年代に米国で、ヘルシーカンパニーという健康経営と近しい概念が発表されています。パソコンを1人1台持つ時代になってきて、PCによる肩こり、腰痛、眼精疲労などが出てきて、さらにメンタル不調者も出てきたというのがきっかけです。それが1998年ごろに日本でも紹介されるようになりました。それからメンタルヘルス対策として2006年には健康経営研究会というNPO法人が立ち上がりました。ただ当時はまだ今の健康経営のような概念ではありません。2010年に経済産業省(以下、経産省)がヘルスケア産業課を作り、健康会計というものを取り上げることになりました。

 当時は環境経営という考え方が流行っていて、環境に配慮した経営を行うことが企業イメージにインパクトを与えると。そこで今度は健康経営を日本でもやっていこうという流れが始まりました。この2010年に初めて健康経営と名がつく本が出版されました。こうした流れだったので、当時の健康経営というものはまずはメンタルヘルス対策からのスタートでした。

 その後、医療費削減の切り札として、健康経営に力を入れようという動きが加速します。健康経営に取り組む企業を表彰する制度『健康経営銘柄』が2015年に発表されました。当時の認定項目は『社員に運動をさせていますか?』とか、『食事はいいものを摂らせていますか?』などといったごく簡単なもので、今の制度とはかなり違った内容で制度が始まりました。ただこの健康経営銘柄の発表が、社会的にもかなりインパクトがあったのです。それならと2016年、17年と拡大。18年には日本健康会議が認定する『大企業部門』と『中小企業部門』の認定がスタートし、この大企業部門の上位500社が『ホワイト500』という形で認定されることになりました。経産省がホワイト企業だと認定したということですね。新聞でも取り上げられ、大きな話題になりました。

 以降も健康経営に取り組む会社は増え続け、2022年には健康経営調査に回答する大規模法人の数は3169社に上りました。大企業では健康経営に取り組んでいない企業のほうが少ないです。また中小規模法人も1万4012社もの法人が健康経営優良法人と認定されています」

――なぜ健康経営という概念がここまで流行したのでしょうか。

「労働人口の減少が後押しになっていて、従来はダメなら別の人を雇えばいいという考え方がありましたが、大企業でも採用に苦労するという現象が起き始めていて、今いる一人ひとりに長く働いてもらう必要があるという考え方に変わってきました。文化的背景の変化も要因の一つです。社会的に健康に関する捉え方も変わってきて、例えば、私が四半世紀前に証券会社で働いていたころには、月曜の朝に眠たそうな顔で来たら怒られていたわけです。週末は翌週の仕事のための休みだったじゃないのかと。昔は個人が健康を管理しなさいという仕組みだったのですが、今は会社がしっかりとフォローするように変わった。企業が労働者の健康を大切にするようになったわけです。

 そもそも健康経営が日本で流行ったのには土壌がありまして、それには日本的経営が関わっています。バブル頃から大企業だと朝礼があって、ラジオ体操をしたり、社員運動会や社員旅行もあったりしました。昔はそういうものが当たり前に行われていたのです。年配の方からすると抵抗がないというのもあって、流行ったという側面はあります。当初、米国で考えられていたヘルシーカンパニーとはほぼ別物でした」

――米国と違う発展の仕方をしたのはなぜでしょうか。

「そもそも米国でヘルシーカンパニーが始まったのは、医療費の削減が目的です。米国では国民皆保険ではないので、企業側が医療費を負担するわけです。従業員が健康になればなるほど、医療費の支出が減って、財務インパクトはちゃんと出ます。一方で、日本の場合は国民皆保険なので、医療費の削減が目的にはなりません。ですので、米国の場合は強制的に運動をさせたり、プログラムするわけです。映画や、ドラマでも描かれていますが、太っている人は健康管理ができず、仕事もできない人だと見られる。米国では健康な人は医療費の支出も少ない人、つまり会社から見るとコストがかからない人という考え方が存在するからです」

なぜ健康経営が日本で発展したのか…新井卓二教授の考えは【写真:本人提供】
なぜ健康経営が日本で発展したのか…新井卓二教授の考えは【写真:本人提供】

日本流に発展した健康経営、意外な評価項目も

――健康経営の一環として禁煙に取り組む企業も多いと聞きます。喫煙所の閉鎖、禁煙外来の費用補助などを行っているそうですが、こうしたことが評価の基準になるのでしょうか。

「健康経営の評価項目として、喫煙率低下に向けた取り組みは選択項目であるものの、受動喫煙防止の対策の取り組みは必須項目となっています。ただ、義務として例えば定期健康診断の受診率100%とか、ストレスチェックとかは一般的に法律で定められているのですが、罰則が設けられているわけではないので実際の検診の受診率も、全国で見ると7割くらいなのです。法律で義務付けられているものに関しても現状はそういった状況。喫煙に関しては東京都、国として、喫煙率低下の目標値は定めてはいますが、法律で義務付けられてはいないのです。

 つまり健康経営とは言っても、働き方改革だという捉え方もできます。コミュニケーションの促進という面では、今の企業だとSlack(チャットツールアプリ)を導入するとか、フリーアドレスにするというのも評価項目にあります。直接健康に関係がなさそうですよね。でもこうした項目が実は多数あります」

――一方で従業員の行動を制限することに抵抗感を示す割合が半分以上というデータもあります。習慣、行動を制限することへの是非はどう考えますか。

「私も毎年学生たちと、取材もかねて数十社企業を回っていますが、喫煙に関しては特に抵抗感は強いです。禁煙してほしいと伝えてもうまくいかない。50代、60代に関しては特に難しい。ずっとタバコを吸って生きている。タバコを吸うことがかっこいいとされる時代もありましたし、それが生きがいだと思っている人に対して、タバコを規制してしまうと、その人の生きがいや、やる気を奪ってしまうことにもなります。

 そんな中でいくつかの企業が取り組んでいる一例としては、3年後から全館禁煙にするということを通達したり、数年後から役員以上は全員禁煙にしますというルールを設けたりすることをしています」

正しい健康経営とは何か

――禁煙を推進する企業はあっても、飲酒を制限するような取り組みを行う企業はあまり聞いたことがありません。健康経営の面から、その理由を教えてください。

「実は健康日本21(厚生労働省が国民の健康作りに向けた基本計画)には飲酒の目標値、睡眠の目標値なども含まれているのですが、健康経営調査票の項目からは外れています。理由としては企業側の負担が大きくなるという声もあります。ただ、そもそも健康診断を受ければ、『週何回飲酒していますか?』といった質問に回答する必要があり、高血圧などで検診に引っかかった場合は、飲酒量も指導の対象にはなります。調査票にはないのですが、健康の1つの項目としては確実にあるものです。毎年、評価項目は変わるのですが、最新の調査票では新たにオフィスでの花粉症対策、眼精疲労対策が加わりました。一方で健康に大きくかかわる睡眠に関するものはなく、まだまだ国民一人ひとりの健康全体を網羅できているものではありません」

――結論として、正しい健康経営とはどういったものでしょうか。

「絶対的にこれが正しいというものはないと思っています。各企業が様々な形で、健康経営調査票に則ってやっていますが、それぞれです。社長や役員が従業員を健康で長く働かせることができれば、施策として正しいものです。ただ効果が出たのか、出なかったのかは調査する必要はあります。効果が出るようにブラッシュアップしていくことが大事です。健康経営を宣言しているだけで、一歩を踏み出しているという意味で正しいです。ゆっくり改善していって、少しずつ進んでいけばいいと思っています」

□新井卓二氏、1977年4月29日、東京都出身。学術博士、MBA。ビューティ&ウエルネス専門職大学・専任教授、山野美容芸術短期大学・特任教授。新井研究室主宰、日本ヘルスケア協会健康経営推進部会 副部会長、社会的健康戦略研究所 運営委員 特別研究員。経済産業省の委員,人事院の有識者等歴任。証券会社勤務を経て、ヘルスケアの株式会社を起業し売却。その間明治大学ビジネススクールTA、昭和女子大学研究員、山野美容芸術短期大学を経て現職。著書『経営戦略としての「健康経営」』(合同フォレスト)、「ヘルスケア・イノベーション」(同友館)、「最強戦略としての健康経営」(同友館)、「ビューティー・ビジネス」(同友館),他健康経営の論文多数。

トップページに戻る

あなたの“気になる”を教えてください