新幹線「函館駅乗り入れ」は実現するのか 大泉市長熱望も課題山積…“勇み足”で終わる可能性も

2023年4月に函館市長選で市長に就任した大泉潤氏が掲げた公約の一つが「北海道新幹線の函館駅乗り入れ」である。にわかに浮上したこのトピックがなぜ注目されるか、函館市と道南の鉄道をめぐる現状から分析する。

新函館北斗駅とJR北海道H5系(写真はイメージ)【写真:写真AC】
新函館北斗駅とJR北海道H5系(写真はイメージ)【写真:写真AC】

ごっちゃになる「フル規格」「ミニ新幹線」という形態

 2023年4月に函館市長選で市長に就任した大泉潤氏が掲げた公約の一つが「北海道新幹線の函館駅乗り入れ」である。にわかに浮上したこのトピックがなぜ注目されるか、函館市と道南の鉄道をめぐる現状から分析する。(取材・文=大宮高史)

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 大泉市長の就任後、函館市は新幹線の函館駅乗り入れに関する調査を受託する事業者を選定、8月30日には千代田コンサルタント札幌営業所を受託先として公表した。同社は具体的な調査を開始し、年度内に調査結果を公表するとみられる。

 東北・北海道新幹線の終点になっている新函館北斗駅(北斗市)は、函館駅から快速「はこだてライナー」で20~22分を要する。函館市街から離れていることで、新幹線のメリットを生かしきれていない。加えて2030年度に予定されている新函館北斗~札幌間の新幹線開業が、函館にとっては観光客の素通りと地盤沈下をもたらすのではないか、という一抹の不安も、本件にまつわる議論が続いている一因だ。

 現在函館駅には札幌からの特急「北斗」も乗り入れているが、新幹線開業後は「北斗」は全て新幹線に移管され廃止される見込み。函館~小樽間の函館本線全線は並行在来線としてJR北海道の経営ではなくなり、「はこだてライナー」が走る函館~新函館北斗間もJRではなくなる。同区間を道南いさりび鉄道が引き継いで、はこだてライナーが存続するにせよ、函館市内にはJR在来線が通らなくなり、新幹線との運賃計算も煩雑・割高になりかねないという事情がある。新幹線列車を直接、函館駅に乗り入れられないかという議論がわき上がるのも自然な流れだろう。

 では、どうやって函館駅に新幹線が直通するのか? ここで「フル規格」「ミニ新幹線」という2つの用語を整理しておきたい。

「フル規格」とは、全国の新幹線車両と同サイズの、在来線より大型の車体を用いるもの。「ミニ新幹線」は、レールの幅を表わす軌間が新幹線と同じ1435ミリメートルながら、車体規格は在来線同様のもので、秋田新幹線と山形新幹線のE6系・E3系のみがこの規格だ。東北新幹線から在来線への直通にあたり、新幹線のフル規格車両のままでは在来線区間の車両限界に接触するために車体のみ小型になっている。E6系の定員は7両編成で340人だが、フル規格のE5系・H5系は10両編成で731人と、1列車あたりの定員もフル規格の方が多い。

 在来線の函館駅まで乗り入れるのだから当然、ミニ新幹線規格を採用するのでは、と判断するのは早い。調査は「フル規格」「ミニ新幹線」双方を想定している。というのも、新幹線列車を函館駅まで伸ばすことになっても、函館周辺の普通列車や貨物列車のために函館~新函館北斗間を在来線・新幹線双方に対応した三線軌条(レールの幅が異なる列車が走れる特殊な線路)とする予定。あとは車両規格に応じてどの程度設備投資が必要か、という問題になっている。

 前出の千代田コンサルタントの提案資料によれば、函館~新函館北斗間は約18キロと短く、トンネルもないことからフル規格車両でも函館駅への乗り入れは可能と推計している。

 青函トンネルとその前後では、すでに在来線列車が走っていた区間にフル規格の新幹線列車が走行している。同区間はもともと新幹線対応の規格で建設していた事情があるにせよ、函館~新函館北斗程度の距離であれば、レール以外のホームや周辺設備までフル規格新幹線対応にするために多少投資額が跳ね上がっても、大型のフル規格車両を乗り入れさせたいのが、大泉市長はじめ推進派の本音でもあるだろう。

東京直通は難しい? 東北区間ではすでに「こまち」を連結

 次に、もし新幹線の函館駅乗り入れがかなったらどんな運行ダイヤになるか、を考えたい。

 現在、東京~新函館北斗間の所要時間は約4時間~4時間20分ほどであるが、開業後も航空から劇的にシェアを奪うには至っていない(鉄道25%、航空75%)。また東京~盛岡間では「はやぶさ」に秋田行き「こまち」を併結しているため、ここにさらに函館行き列車を併結することも難しい。そのため、東京方面から直通させるというよりは、新幹線の札幌開業後に既存の特急「北斗」をそのまま新幹線に移行するかのように、道内完結列車を函館駅まで直通させる形態が最も現実的であるだろう。

 大泉市長は具体的にどんなふうに列車を函館駅に直通させたいかは明言していないが、新幹線の乗り入れを地域経済の起爆剤としたいと繰り返している。新幹線の札幌開業後の想定所要時間は、札幌~新函館北斗間で約1時間13分(北海道総合政策部交通政策局推計)。現行の「北斗」の4時間弱から大幅な短縮になり、札幌―函館相互の日帰り往復がぐっと便利になる。ここに函館駅直通というメリットが加わることは小さくない。

函館市の「勇み足」で終わらないか…道南自治体との合意が不可欠

 むろん課題は山積しており、函館~新函館北斗間の新幹線対応工事中に「北斗」やはこだてライナー、さらに道南いさりび鉄道の列車まで含めた在来線の運行をどう確保するのかが立ちはだかる。既存線路に1本レールを加えて三線軌条にするという特殊性から、工事と並行しての運行の継続は容易ではない。

 新幹線のために、乗り入れ前から函館駅が機能停止しては本末転倒。さらにJRからの分離が既定路線の区間に新幹線が走るなら運行と設備はそれぞれどこが担うのかという問題、そして函館近郊の自治体との意思疎通が不可欠でもある。

 もとより新函館北斗~札幌間の新幹線が開業すると、函館から長万部を経由し、小樽に至る函館本線約252キロの区間は並行在来線としてJRから経営分離される。このうち長万部~小樽間の「後志ブロック」は沿線自治体が廃止で合意し、函館~長万部間の「渡島ブロック」では函館~新函館北斗間のみ旅客営業を続け、新函館北斗以北はバス転換の方向で議論が進んでいるものの、結論は出ていない。

函館直通列車が「素通り」される自治体にとっては払い損?

 大泉市長の前任の工藤寿樹市長時代、新函館北斗までの区間に関わる函館市・北斗市・七飯町はいずれもはこだてライナーの存続と同区間の維持に前向きだったが、鉄道を維持するなら自治体が維持負担を担う。この点、すでに木古内~五稜郭間の道南いさりび鉄道に出資している北斗市の池田達雄市長は22年8月の渡島ブロック対策協議会でこう発言をしている。

「道南いさりび鉄道は運行距離が倍以上であり、単年度収支で見れば、函館・新函館北斗間では倍以上の金額がかかってくる。我々はこういった状況を、議会や市民に説明しなければいけない責任があります。確かに使っている車両が違う、道南いさりび鉄道はディーゼルなんですけども、それと電車との違いがあるかもしれないですけども、ここはあまりにも大きな金額の乖離(かいり)がございますので、そういったものをまずお示しいただけなければ、我々は議会や市民に対して説明はできない」(22年8月31日渡島ブロック会議議事録)

 道南いさりび鉄道よりも新函館北斗までの区間の方が運行継続に多額のコストを要するゆえ、まずどれだけの負担を負うのか概算するところからスキームづくりを進めたいと北斗市長は明かしている。もし新幹線列車直通となれば、ここにさらに三線軌条化や軌道維持コストを上乗せさせることは確実。しかも新幹線が函館駅まで直通する代わりに、はこだてライナーや普通列車は廃止もしくは減便するとなれば、北斗市や七飯町にとっては函館市にしかほとんどメリットがない新幹線直通のために鉄道の負担を上乗せされる構図が生じてしまう、というわけだ。さらに、こちらも具体的な議論も始まっていない、函館本線の長万部以北と本州方面を直通する貨物列車を維持する線路保守のスキームづくりという問題も絡んでくる。

 新市長就任で降ってわいたような新幹線の函館直通や在来線の改軌を、函館市以外の道南自治体が納得して受け入れるか。大泉市長が「悲願」として熱意を注ぐなら、その分周辺自治体や道庁を巻き込んでの丁寧なスキームづくりやコミュニケーションがこれから求められるだろう。

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