週3アルバイト生活“女子格”期待の澤田千優、飛びついた海外武者修行のオファー AACC阿部裕幸氏と振り返り
修斗女子アトム級世界チャンピオンの澤田千優(AACC)は5月に米国で開催された「COMBATE GLOBAL」のメインイベントに登場しアナ・パラシオス(メキシコ)に判定勝ちを収めた。そんな澤田のキャリアを大きく変えたのがABEMA海外武者修行プロジェクトだ。6期生として参加した留学中の練習や北米MMAとの差について、澤田とAACC主宰の阿部裕幸氏に話を聞いた。
修斗女子アトム級世界王者の“女子格”期待の若手
修斗女子アトム級世界チャンピオンの澤田千優(AACC)は5月に米国で開催された「COMBATE GLOBAL」のメインイベントに登場しアナ・パラシオス(メキシコ)に判定勝ちを収めた。そんな澤田のキャリアを大きく変えたのがABEMA海外武者修行プロジェクトだ。6期生として参加した留学中の練習や北米MMAとの差について、澤田とAACC主宰の阿部裕幸氏に話を聞いた。(取材・文=島田将斗)
25歳・澤田のMMA戦績は5勝負けなし。全日本社会人選手権を制覇したこともあるレスリングエリートだ。2022年に修斗で初代女子アトム級王者に今年2月の「ONE Friday Fights 5」ではサナーズ・ファイアズマネシュ(イラン)に一本勝ちを収めている。
“女子格”期待の若手だが、格闘技一本での生活は難しく、週に3日ほど接客のアルバイトをしながら練習をしている。そんな澤田のもとに訪れた海外武者修行プロジェクトのオファーはどんなものだったのか。
――まず格闘技を始めたきっかけは何だったのでしょうか。
「2人の兄を追って、小学校1年生のときにレスリングを始めました。AACCでは中学生まで習っていました。AACCではレスリングだけではなくて柔術も兄の影響でやってたのでMMAには元々興味がありました。当時から女子の選手もいたので、『やりたいな』『いずれはやるんだろうな』と思っていて、そのために大学までレスリングをしていました」(澤田)
――MMA転向を前提でレスリングを続けていたのでしょうか。
「中学生からMMAをやりたいと思ってたんです。中学卒業のタイミングでMMAをやりたいと思っていたのですが、レスリング力がないと良くないということで高校までやりました。その後も監督のアドバイスで大学進学を決めました。時間がたっていくうちに格闘家になるためには、生半可な気持ちでできないなと思い、1回少し考えて社会人になることにしました。でも社会人1年目でMMAをやっぱり始めたという感じです」(澤田)
――小さい頃から見ている阿部さんから見て澤田選手はどんな選手ですか。
「真面目に練習を取り組む、自分のやりたいことは真面目にやるタイプですね。小学校のときはすごい強いわけではなくて、兄に一生懸命付いていく感じでしたね。高校入ってからメキメキ強くなって、大学もレスリングでチャンピオンを目指すからってことで進学していました。MMAをやりたいって気持ちは内に秘めてたのか、こっちは分からなかった(笑)。それでも就職して仕事やりながらもう1度AACCに通うようになりました」(阿部)
――MMAを始めると聞いたときはいかがでしたか。
「うちにも浜崎朱加とかがいるので、生半可な気持ちでやるのはダメというのは分かっていましたよね。それなりの覚悟できたんだろうなと思いました」(阿部)
――アルバイトをしながら練習をしている毎日です。体力的にきついことはありますか。
「練習が毎日あるのはキッズのころからです。私の時代は週6日、2時間~3時間やるのが当たり前でした。苦しいし、つらいし、きついですけど、やらないと自分のなかで不安になる。それを一刻もはやく取り除きたいから動く感じですね」(澤田)
格闘技だけができる毎日に「行くしかない」
――そういった生活をしているなかで、海外修行の話がきたときはどう思いましたか。
「練習に集中できる、格闘技だけでいいんだっていうのは良いなって。違った環境でやってみないと何ができて何ができないのか分からないとも思っていたので、心機一転じゃないですけど、行くしかないなと思いました」(澤田)
――このプロジェクトはジム選びから力を入れているそうです。それは感じましたか。
「私のバックボーンを理解してジムに伝えてくれていました。輩出している選手も、コーチの考え方も私に合っていたなと思います」(澤田)
――海外ジムの練習でなにが1番きつかったのでしょうか。
「普段、走り込みや筋トレを外ですることがなかったので、体力面のきつさがありましたね(笑)。高校時代は外で走ったりしていたのですが、格闘家になってからなかったので、そこを強く感じました。あとはレベルの高い打撃、身長も高くて力も強くてという怖さはありました。1発でももらったら倒れちゃうという気持ちがありながらの練習はきついし悔しいですよね」(澤田)
――練習強度は日本より強いのでしょうか。
「やっていること自体はそんなに変わりはないんです。でもサイズが大きかったり、ペース配分、MMAに特化してテーマに沿って練習をやっているんですよね。試合に出るチームがいて、試合に向けてのプランをディスカッションしていく感じ。きついところを確認しながらやってくれる。普段なんとなくやっている練習を再認識しながらやっていくのが良かったよね?」(阿部)
「試合前に追い込みがあるのですが、各パート(スタンド、ケージ際など)ごとの元立ちをやっていくんです。試合をイメージして疲れさせるためだけの練習をしました。日本でも追い込みの練習をしていたんですけど、きつかった。ちー(澤田)のためにやってくれていたので、それがあったおかげでペース配分を考えて3R動けたかなと思いますね」(澤田)
――米国での練習のなかでレスリングエリートの澤田選手が通用しなかった部分はありましたか。
「シンプルなレスリングは相手がその技を知らないとかかるんです。でも、抑え込むだったり相手を逃がさないっていうグラップリング力は全然足りなくて。日本で女子選手相手に抑え込めないことがなかったので、そこは米国に行って気が付けた部分ですよね」(澤田)
――劣っている部分に気が付いたときはどんな心境でしたか。
「落ち込むことではないし、ショックになることでもなかったです。逆に気が付けてうれしいじゃないですけど、やることいっぱいあるなと。だからこそグラップリングの道場に行かせてもらうことができたし、柔術の道場に自分から行くようになりましたね」(澤田)
「練習をしていくなかでコーチ陣は『ここは強いから大丈夫』って意見がはっきり分かれているんですよね。僕が見ていて打撃とレスリングをミックスする練習がしたいなと思い、そういう道場に行かせたりして、足りないものを埋めていった感じですよね。格闘技漬けって本人はきつかったかもしれないけど、なかなかできないので良い経験だったよね」(阿部)
「格闘技に向き合ったことで、ひとつのスキルを延長線上で考えられるようになれたし、もっと考えなきゃダメだなって思えるようになりました。それって海外遠征があったからこそ」(澤田)
“澤田千優”特化のシチュエーション練習「一つのことから芋づる式に」
――阿部さんは「打撃、グラップリング、柔術をミックスする部分が大事」という話を以前していたと思いますが具体的にどう違いましたか。
「MMAの場合は打撃してテイクダウンして~という流れがあるのですが、(澤田は)レスリング出身でレスリングベースのテイクダウンのつなぎなので、普通に入るとタックルを切られる。打撃をしながら入る。入ったら抑えて自分の(有利な)ポジションに持っていくということの繰り返しです。
レスラーはスクランブルで強い特徴があるのですが、寝技を知っているスクランブルとレスリングだけのものだと動きが変わってくる。そういうのも含めて勉強しないといけないんですよね」(阿部)
――練習のなかで行われるディスカッションではどのようなことを話し合ったのでしょうか。
「試合が決まっていて、相手のタイプも分かっていたので、そのときできる範囲のなかでできることを話しました。例えば『私はタックルに入りたい。でも、相手は壁際で攻めてくるのがうまい』というときにどう倒せばいいのかをコーチに聞いたりですね。自分から知りたい場面の動きを質問して、それに対してプラスアルファを返してもらっていました。『こういう場合もあるからここもやろう』と一つのことから芋づる式に教えてもらって反復するっていうのを毎日やっていました」(澤田)
「展開の仕方をより具体的に分かりやすく説明してくれましたね。『これがいつも取られそうだよ』とか下からの関節とかも『相手が上手かったらこうされる』とか。より具体的に落とし込んでいました」(阿部)
――そういったシチュエーション練習をずっと行うのですか。
「シチュエーション練習は練習終わりに結構疲れてからなんです。スパーリングが終わってから『やっておこうか?』みたいな感じで(笑)。全体練習が終わってからドリル練習を長時間するのも先生たちは苦しくなさそうでしたけど、私は最初苦しかったです(笑)」(澤田)
――ディスカッションする環境は自分たちにどんな影響を与えたと思いますか。
「元々考えてなかったわけではないですけど、より考えるようになりました。あいまいすぎたものがより具体的に。向こうでは試合に勝たないといけないプレッシャーもあったので、そのときできることを突き詰めるしかなかった。だからより何ができないかを考えるようになりましたね。理解度が上がったのは間違いなくありますね」(澤田)
「ここのこういうところまでできないってね。これをやりたいけど、ここに手をつくにはどうしたらいい? という感じです。妊娠中のカーラ・エスパルザが一緒にやりながらアドバイスをくれたんですよ。そのときに『私も背が低くて、レスリング主体だからそんなに変わりはないはずだ』って具体的にテクニックを教えてくれました」(阿部)
――こういう貴重な経験ができるプロジェクトはいままでなかったと思いますが、いまの選手にはあります。この点について阿部さんはいかがですか。
「僕らのときも海外に行って練習をして、試合をしていました。もちろん自腹でジムも自分で探して、地図を広げて車を運転して……。いまはなかなか自分でやることはないですよね。そういう意味でこのプロジェクトはすごくいい経験。みんながやってほしいですね」(阿部)
米国MMAと日本MMAの違いとは「上を目指せば稼げる環境がある」
――米国MMAと日本MMAの違いが世間で話題に上がる事がありますが、現地で練習をして試合をした両者はどう思いますか。
「トータルファイターですね。全部を抜け目なくやってる。一発があるとか、寝技だけができてもダメなんだなって。日本でも気が付けることですけどより感じましたね」(澤田)
「上を目指せば稼げる環境がある。そこが大きいと思います。レスリングの全米王者、州の王者もUFCにどんどん行っている。そこに行けば稼げるっていうステータスができているんです。さらにそれだけではなくて、アスリートとしてセカンドキャリアが詰める環境があるんですよね。日本ではMMA王者になっても別の仕事をしないといけない部分がありますよね。そこも僕は上げていきたい。
BreakingDownはエンターテインメント的な部分で良いんですけど……。アスリートとして“競技”が発展するような仕組み、お金が払えて、五輪選手と同じような扱いが得られ、ニュースに載るようにしていきたいと思いましたね。それはみんなでやらないといけないし、そのために世界王者を作らなきゃいけない」(阿部)
――米国と日本、ファンの理解力の差もあるのでしょうか。
「米国でも一般層にはUFCと他を区別できない人もいると思いますね。日本にはRIZINもあってBreakingDownもある。いっしょくたになってますよね。BreakingDownを見るっていう米国の友人に『UFCも見るの?』って聞いたら『あれはプロでしょ』って。プロと素人がやっているものは違うと米国人は認識していましたね」(阿部)
――海外武者修行で得たものは何ですか。
「自分が何ができないかを突き詰めて考える考え方。もっと自分を知らないと、というマインドが鍛えられましたね。行った後のほうが練習後に『もっとこうしておけば良かった』って思うし『もっとこうやって練習したい』って思います。それが1番の成果かな」(澤田)
「僕はより世界を認識してもらうこと。さまざまな経験をしたからこそより世界が見えて具体的な目標が分かってきた。2年後、3年後を頭に描ける、それが1番大事ですよね」(阿部)
――日本に帰ってきてAACCの練習で変えたことはありますか。
「基本的にはいままでと同じなんですけど、より強度をあげてますかね。いままでも『テーマを持ってやろう』って選手に言っていたんですけど、そうは言ってもなんとなく練習してなんとなく終わってしまうことが多い。『俺はこうなりたい、私はこうなりたい』って強く思うことがすごく必要」(阿部)
――練習以外で今回の海外武者修行で1番良かったことは何ですか。
「生まれて初めて一人暮らしをさせてもらいました。そういう機会がないとできなかったことなのでうれしかったです。みんなは25歳とかになったらしてると思うので、できてレベルアップですね(笑)。あとは英語に触れられて、感性に刺激になった。通じたときもすごくうれしかったです。でもやっぱり1番うれしいのは、ずっと練習をしていたことを試合に出せて勝てたことです」(澤田)
――最後に今後の目標は何ですか。
「僕は世界チャンピオンをつくる。それに1番近い澤田がなってもらえれば。どん欲に努力してみんなで世界王者に向かっていくことですね」(阿部)
「ずっとゆるがない目標は世界に出て試合をして王者になることです。自分に近いところの目標はONEの本戦にしっかり出て勝っていきたいです。そこで王者を目指したい。修斗のベルトも持っているので防衛戦をしなきゃいけないので、そこもしっかりしたいです」(澤田)