五輪2連覇・内柴正人の今 修理工をしながら道場運営「好きなことで稼ぐ方がカッコいい」

寝技格闘技イベント「QUINTET」の5年ぶりのナンバーシリーズ「ReBOOT~QUINTET.4~」(神奈川・横浜アリーナ)に柔道男子アテネ・北京五輪66キロ級金メダリストの内柴正人が出場し、桜庭和志の息子・大世と対戦する。現在、どんな生活を送っているのか。銭湯施設での勤務や自身が妻と一緒にいちから作り上げた道場について話を聞いた。

現在の状況を語った内柴正人【写真:ENCOUNT編集部】
現在の状況を語った内柴正人【写真:ENCOUNT編集部】

10日に桜庭和志の息子・大世と寝技格闘技「QUINTET」で対戦

 寝技格闘技イベント「QUINTET」の5年ぶりのナンバーシリーズ「ReBOOT~QUINTET.4~」(神奈川・横浜アリーナ)に柔道男子アテネ・北京五輪66キロ級金メダリストの内柴正人が出場し、桜庭和志の息子・大世と対戦する。現在、どんな生活を送っているのか。銭湯施設での勤務や自身が妻と一緒にいちから作り上げた道場について話を聞いた。(取材・文=島田将斗)

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「過去のものにぶら下がって生活をしていない」「夢はないです」――。決して自分が望んでいた生き方ではない。言葉だけを並べるとネガティブだが、内柴がいまを語る姿はとても温かかった。

 柔道男子アテネ・北京五輪66キロ級金メダリストという輝かしい実績を持つ内柴。教え子への準強姦罪で2011年12月に逮捕され、無罪を訴えるも高裁、最高裁で棄却される。17年12月に懲役5年の刑期満了。現在は新たな生活を営んでいる。

 2020年10月にクインテット初参戦。2021年に2戦経験しているが柔術とグラップリングは「新しいものに挑戦している感じ」という。拠点にしている熊本には柔術を習える環境がないため、自ら出稽古に行き、技術を磨いてきた。それでも練習時間はほとんどないという。

「仕事中心ですよね」と苦笑い。五輪金メダリストの現在の主な収入は温泉銭湯施設で修理工として働く給料だった。いつ不具合が起こるか分からないため、常に待機している気持ちでいる。そんな仕事との出会いは自身の体のコンディションを整える上で温泉施設を利用していたことだった。

「泡風呂だったらコンプレッサーが、ジェット風呂だったらポンプが必要なんです。そういったものがうまく動かなくなったり、古くなったら機械室に入って交換するんです。ボイラー室のような熱い部屋で油をかけてゴミを取ったり、分解したりしています」

 肉体はいまでも筋骨隆々。そんな内柴でもこの仕事のプロにはかなわない。柔道で培ってきた力とはまるで違う。

「その道30年の先輩がいるんですけど、仕事での力は僕の方が弱くて……。ボルトを回すのも先輩の方が強いんです。全然違うんですよ。知識がなければただ立っているだけになりますし、先輩の作業に手が添えられるようになるには、力ではなくて経験が必要になってきます」

 現在働いて4年目。「当たり前に働くって初めてなんですよね」と声が低くなる。これまでは柔道に関わることで生活をしてきた。「心のなかで思っていることを言えないです」と無理やり笑って見せるが、目の奥は笑っていなかった。

「自分が好きなことをやって飯を食ってる人たちの方が僕はカッコいいなと思います。生きていくなかで生活をしなければいけないということで仕事を覚えて手に職を付けているのはもしかしたら“逃げ”なのかもしれない。ずっと自問自答ですよね。昔のようにチャンピオン目指して、自分に付加価値を付けて競技で飯を食っていく勇気はないですね」

「矛盾してるんですけど、だから勝ちたいんです」と真っ直ぐ一点を見つめた。

慣れないポーズにこたえる内柴正人【写真:ENCOUNT編集部】
慣れないポーズにこたえる内柴正人【写真:ENCOUNT編集部】

妻と一緒に道場運営「自分のやってきたことを再確認」

 熊本では、温泉銭湯施設のほか、今年4月に正式オープンした道場「EDGE & AXIS」の運営とクラスを持っている。唯一無二の技術を少年たちに指導をしている。「人の人生を左右する柔道の指導を僕はやりたくなかった」と振り返りながらオープンのきっかけを明かした。

「自分の家族、人生を構築していくだけでいいじゃんって思ってたんです。でもいろんなところから『教えてくれ』の声が多くはないけどあった。そのなかで来た者に対しては教えるというやり方をしてきたんですけど、“僕のところじゃないと柔道できない”という子が1人、2人と出てきた。そこを踏ん切りをつけて妻がまずスタートさせました。僕はサポートができればなという気持ちでやっています」

 サポートとは言うが、内柴の元には20人ものキッズが集まってきている。

「僕の柔道は基本と大事にしているポイントが違うんです。それはエッジ(角度)です。技の角度を合わせて、自分の立ち位置を常に自分の強いポジションに立ち続ける。それだけです。だから教えるのはすごく簡単。かと言って長く柔道をしてきた人間こそ僕のアドバイスは面倒くさいし、意味が分からない。だから純粋で技の形も分からない子たちの方が分かりやすいんですよね」

「それを丁寧に教えることができるのが僕らしさ。それが子どもたちに伝わって結果として差が出るのが正直面白いです」と胸を張った。

 そんな思いの詰まった道場は文字通り一から作り上げた。

「物件も探し回って、周囲が驚くぐらいのスピードで進んでいきました。道場を作ると決めて半年後には完成しました。お金を払って作れば時間がかかったし、立派なものが出来たと思うけど、自分で作った方が早かった。そこがちょっと面白いですよね」

 とは言え作るのは簡単ではなかった。「正直、業者さんに頼んで良い道場で練習したいです」と笑う。

「この大会のオファーが6月くらい。4月に道場をスタートしたんですけど、それまでの半年間は道場作りをしていたので、トレーニングが全くできてないんです。体重も増えて、鍛え直すかって思ったときにきたオファーだったので、ちょっとでも工期がずれたら受けられませんでした」

 内柴にとっての指導とは「自分のやってきたことを再確認する」こと。早い場合だと小学生から進路がある程度決まっている現在の柔道界だが、独自の見解を示した。

「基本的に僕は試合は必要ないと思っています。それは技術に間違いはないと自負があるから。子どもたちにも試合は出なくいいって言ってるし、帯の基準は俺が決める。だから一生ここで柔道を楽しんでいけばいいじゃんってコンセプトなんです。

 進学も試合の成績を気にせずに、ここで勉強して、ここで披露すればいいじゃんと。でもどうしても周りと比べたいっていうのが人の心。だから『ひのまるキッズ』(柔道大会)とかに挑戦するのを許すんですけど、試合はただのおまけ。僕は自信があるから、そう思うけど、子どもたちは柔道人生が少ない。技が本当にかかるのか知りたいんですよね」

 さらにこう続ける。

「技術をちゃんと教えきれない先生には『素行が悪いからお前の技術をはダメなんだ』と指導される方もいる。そうではなくて技術を信じて披露することによって、それを覚えるまでの過程で根気良い人間になること、教えをこうために礼儀正しくなる。なかなかうまくできなくて悔しくて考える。そして自分の生活を改める。技術を僕は教えられるので、その過程で礼儀やマナーを学べると思います」

 指導について、ここまで熱く語る内柴だが自分の「夢」はない。

「そういうのは終わってしまったか分からない。失敗もいっぱいしたし。求められることに対して、それに答えようと一生懸命努力するだけで、僕が夢と思っていない夢がかなう。かなえる手伝いもできていくと思う。僕自身が夢を持つのではなくて、僕の周りの人間が目標を持ってくれれば、それをかなえる手伝いをするのが僕の人生です」

 04年のアテネに08年の北京。五輪2連覇を果たしたレジェンドの道場のサイトには「五輪金メダリスト」の文字はない。現在の生活にずっと自問自答していると複雑な思いの本人だが、「過去にぶら下がる」ことないいまの姿は輝いていた。

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