「『金・性・暴力』以外で“見られるもの”を」 型破りな業界人、“ひろゆきアフリカ放置”で勝負のワケ

テレビ局員の肩書を捨て、「誰も見たことのない世界」を視聴者に届けようと、インターネット動画配信の分野で奮闘する“映像職人”がいる。元テレビ東京プロデューサーで、映像ディレクターの高橋弘樹氏だ。今年3月に独立して自身の映像会社を立ち上げた一方で、新しい未来のテレビとして展開する動画配信サービス「ABEMA」に在籍する“ヒラ社員”でもある。そのABEMAでは8月から放送が始まった、実業家の西村博之(ひろゆき)氏をアフリカに置き去りにするドキュメンタリー仕立てのバラエティー番組が話題だ。型破りな業界人は何を目指しているのか。

映像ディレクターの高橋弘樹氏はテレビとネットの“見せ方の違い”に試行錯誤しているという【写真:ENCOUNT編集部】
映像ディレクターの高橋弘樹氏はテレビとネットの“見せ方の違い”に試行錯誤しているという【写真:ENCOUNT編集部】

年収1800万円からの“転職” ABEMAで新番組 『家、ついて行って』『日経テレ東大学』で知られる高橋弘樹氏

 テレビ局員の肩書を捨て、「誰も見たことのない世界」を視聴者に届けようと、インターネット動画配信の分野で奮闘する“映像職人”がいる。元テレビ東京プロデューサーで、映像ディレクターの高橋弘樹氏だ。今年3月に独立して自身の映像会社を立ち上げた一方で、新しい未来のテレビとして展開する動画配信サービス「ABEMA」に在籍する“ヒラ社員”でもある。そのABEMAでは8月から放送が始まった、実業家の西村博之(ひろゆき)氏をアフリカに置き去りにするドキュメンタリー仕立てのバラエティー番組が話題だ。型破りな業界人は何を目指しているのか。(取材・文=吉原知也)

「知らない世界、見たことがないものに触れてもらい、視聴者の心を動かしたい。それはテレビ時代と変わらない思いです」。企画打ち合わせや収録、編集作業が多忙で、なかなか電話がつながらない。常にどこかで“動いている”高橋氏。無精ひげが物語っている。

 テレ東の人気番組『家、ついて行ってイイですか?』を生み出したことで知られる。テレビ局員時代に手掛けた、ひろゆき氏と経済学者の成田悠輔氏がMCを務めたYouTubeチャンネル『日経テレ東大学』(現在は終了)内のトーク番組の仕掛け人として、ネット動画の世界でも名を上げた。今春の独立後は、YouTubeのビジネス動画メディア『ReHacQ(リハック)』を新たに展開している。

 1800万円だった年収。妻子ある身ながら、42歳を迎えた年に、人生の大きな決断をした。「まず、18年テレビをやって、深夜、レギュラー、ゴールデンの番組を作ってきて、プレーヤーとしてやり尽くした感があったんです。でも、『このまま管理職になりたいのか?』と自問するようになりました。もともと新しいものが好きで、『日経テレ東大学』を約2年やって、やり残したこととしてYouTubeを続けたかった思いもあります」と語る。

 そして、「OTT」とも呼ばれるネット配信プラットフォームの世界に足を踏み入れたくなった。「YouTube以外のネット配信のノウハウを知りたい、そんな興味もありました。新興のインターネット動画配信サービスが地上波テレビとどう勝負していくのか。もっと広い視野を持って、外資系のNetflix、Amazonプライム・ビデオと日本のABEMAがあって、海外の巨頭に日本企業がどう戦っていくのか、実際にその中に入ってみたくなりました。また、英語ができないので、NetflixやAmazonだと浮くかなと思い(笑)、ABEMAがいいのではないかな、と。“日本発のコンテンツ”を世界に出せたらうれしいですね」。

 この夏、一風変わった新番組を立ち上げた。ABEMA『世界の果てに、ひろゆき置いてきた』(土日午後9時)だ。「視聴者が見たいのは、ひろゆきが困った姿」をコンセプトに、アフリカの砂漠に放置され、10万円を渡されたひろゆき氏が、陸路のみでゴールを目指す内容。ゲストとして、俳優の東出昌大とアーティストのToshIが登場する。

 台本なしで、ひろゆき氏には最初にリモート会議で番組趣旨を説明したぐらい。「こっちが口出すと面白くなくなっちゃう」。基本は放置だ。移動手段は、徒歩、ヒッチハイク、ローカル路線バスなのだが、“バス旅”と言えば、テレ東の名物。「(『ローカル路線バス乗り継ぎの旅』に出演した)蛭子能収さんをリスペクトしていますから。言われてみれば、こういったところはテレ東っぽいですね」と笑う。

 アフリカ数か国を巡ったひろゆき氏の撮影は終了しているが、撮影中は日々、1日7、8時間分の映像が届いていた。日々起こるハプニングや、ひろゆき氏と同行ディレクターの生々しいやりとり、現地の人々との意外な交流、現地のありのままの生活の様子などをつぶさに「観察」して、視聴者を引き寄せるストーリーに映像をつないでいくのが、高橋氏の仕事だ。長時間の映像素材を細かくチェック。そこから何を感じたのかを描いていく物語を発見して読み解き、それにふさわしい映像のチョイスとテロップづくりをしていく作業には、毎週およそ80時間ほどかかる。

『世界の果てに、ひろゆき置いてきた』はインパクトあるひろゆき氏の姿が話題だ【写真:ABEMA提供】
『世界の果てに、ひろゆき置いてきた』はインパクトあるひろゆき氏の姿が話題だ【写真:ABEMA提供】

アフリカで「どんな結末が待っているのか、分からない。そこが面白い」

 そこでは、ネットならではの“見られ方”も強く意識。「倍速視聴です。ABEMAは2倍速まで視聴速度の設定ができるのですが、2倍速で見ても分かりやすく、標準速度で見ても間延びしない、ストーリー展開やテンポ感、テロップの表示時間の調整……。ここは試行錯誤で読めない部分もあるのですが、神経を使って編集しています」。また、番組の長さにもこだわりがある。短尺が多いネット動画の世界で、今回の番組は1回50分弱。「『日経テレ東大学』を始めた頃、『20分が限界』と言われていたYouTubeでも、約1時間の尺で配信し、それなりの視聴者を集めることができました。瞬間的な衝撃映像が好まれるネットの無料映像業界ですが、今回も1時間かけた重厚な番組を見てもらえるよう頑張ってみたい」と強調する。#0を含む、全10回の予定。1週2話の区切りで、毎回前週の流れを「覆す」斬新さを心がけているという。

 テレビ局時代に培った「最初の映像で視聴者を引き込めるか」というインパクト重視を貫き、「スクショしてSNSで拡散したくなるような」映像の選択にもこだわっているという。確かに、リュック1つでナミビアの砂漠を放浪するひろゆき氏の姿は印象的だ。

 やってみて驚きのデータも見えてきた。視聴者の年齢層を見ると、20~34歳男性の「M1層」や35~49歳男性の「M2層」が多い。「シニア層が中心のテレビではありえない視聴者の若さです。僕自身の世代を含めて、若い人が見てくれているという手応えを持っています」。実はまだ、高橋氏自身が見終えていない“終盤の映像素材”が残っているといい、「現地のリアルを映したドキュメンタリーなので、僕自身、どんな世界、結末が待っているのか、分からない。そこが面白いです」。編集作業は苦労の連続だが、“ネットウケ”する仕掛けやアイデアを生かしていく考えだ。

 常に変化を求めてきた探究者。これからの番組作りで、目指す場所とは。

「ABEMAでも、自分でやっているRehacQというビジネス動画メディアでも、それまで難しいと言われていたコンテンツに挑戦したい。ABEMAに限らず、ネット配信のバラエティー番組の特徴として、『金・性・暴力』という人間の本能に訴えるようなジャンルが多い印象があります。それは、なんとなくチャンネルをつけると流れてくる受動視聴も多いテレビに対して、わざわざ1クリック・1タップのアクションを必要とする、すなわち能動視聴が強く求められるネットゆえの特性だと思います。例えば、ギャンブル、恋愛、格闘技。もちろん私もこれらのコンテンツは好きですが、せっかくやるなら新たなジャンルで挑戦した方が面白い。ネット動画のバラエティーで、『金・性・暴力』以外のジャンルで、“見られるもの”を生み出していければと思います」と前を見据えた。

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