女優・モデルから落語家へ異色の転身 映画出演、CDデビューは「すべてを落語に生かしたい」
沖縄出身の女流落語家・金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)は、二つ目に昇進したばかりの若手にして、CDデビュー、映画出演まで果たした。俳優から転身した異色の経歴。本業の傍ら、師匠・金原亭世之介の影響で歌にもチャレンジし、芸の肥やしにしてきた。入門5年。今の思いを聞いた。
沖縄出身の金原亭杏寿にインタビュー
沖縄出身の女流落語家・金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)は、二つ目に昇進したばかりの若手にして、CDデビュー、映画出演まで果たした。俳優から転身した異色の経歴。本業の傍ら、師匠・金原亭世之介の影響で歌にもチャレンジし、芸の肥やしにしてきた。入門5年。今の思いを聞いた。(取材・文=大宮高史)
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今年5月17日、杏寿はテイチクエンタテインメントから、落語の噺(はなし)をベースにしたミニアルバムCDをリリースした。『品川心中』『お菊の皿』『紺屋高尾』『目黒の秋刀魚』をアレンジして歌にし、『品川心中』では声優の山口勝平とデュエット。『目黒のさんま』でも、師匠の世之介とデュエットをやってのけた。CDでの肩書は、落語家ではなく歌手だ。
「もともと師匠も若手時代にレコードを出していて、このCDも師匠のプロデュースなんです。お話をいただいた時、アニメが好きで山口勝平さんのお芝居が好きだったので、『山口さんと共演がしてみたいです』と話したら、実現してしまいました」
芸歴の始まりは、高校時代に沖縄でスカウトされた時だ。本名の「川満彩杏」でデビューし、約5年、沖縄で俳優やモデルの仕事をしていた。そして、さらに活動できる場を求めて上京。2012年には、NHK連続テレビ小説『純と愛』に出演した。そんな中、人生の転機を迎えた。
「通っていた演劇のスクールの先生(映画監督の神田裕司氏)が落語好きで、『芝居の勉強のためにも落語を聴くといい』と勧められました」
俳優業のために聴いてみた世之介の独演会。話芸の奥深さに惹かれた。
「その時の噺は『百川』『宮戸川』の2席でした。特に『宮戸川』は今では通常、コミカルな色恋噺の前半部分しか演じられない長い落語ですが、師匠は展開がガラリと変わる後半まで通しで演じていてました。私も始めは楽しく笑っていたのに、全く展開が変わって凄惨なシーンも出て来るところにいつの間にか前のめりになっていました。そんな映画のような没入感がありました。『この芝居を私も表現できたらな』と真剣に考え始めました」
考え抜いた末、17年11月に世之介に入門。師匠のもとに通いながらの見習い修行に始まり、前座になってからは寄席での楽屋仕事も担った。文字通り、ゼロから噺家修行だった。
「前座時代の口演の映像を見返すと本当恥ずかしいです。江戸の長屋の噺なのに『こんにちは!』と言ってしまったり…。今ではよどみなく言えますが、長屋の八っつぁんや与太郎なら『こんちは』ですよね。師匠からは『語尾や間の取り方が悪い』と言われっぱなしで、二つ目になっても苦手ですね」
研さんの場は、寄席にとどまらなかった。度重なる緊急事態宣言で寄席の休業が相次ぐと、師匠の事務所で機材を購入して動画配信をスタート。花魁の扮装をして落語を演じたりと、寄席ではなかなかできないことにも挑戦した。落語界での師匠と弟子の関係は十人十色。洋服を粋に着こなし、俳優、ミュージシャン、文筆家・タレント…と何足ものわらじをはいてきた世之介の影響で、杏寿も前座時代からこうして、寄席以外の場で話芸や演技を磨く機会を得てきた。
「『弟子をプロデュースする』という感覚をうちの師匠はお持ちです。プロダクションも経営して弟子がやりたいことを形にするために、裏方に回ってサポートしてくださったり、具体的なアドバイスもくれます。でも、本業の方も正統派の噺をきっちり受け継いで来られた人なので、私が何歳になっても、師匠のスケールの大きさには追いつけないかもしれませんね」
『忍獣大戦記 ジャロン対ゴウラ』では忍者と自衛官という双子の役を1人2役
今年はCDデビュー後、今夏公開予定の映画『忍獣大戦記 ジャロン対ゴウラ』で主演。落語家にして映画監督の林家しん平が脚本、監督を務めた作品だ。忍者と自衛官という双子の役を1人2役で演じている。
「しん平師匠の映画には、昨年も『二つ目物語 モテ男惚れ女』に出演しました。今回はしん平師匠が怪獣映画がお好きだったので、忍者と怪獣が活躍する映画になりました。『忍者と自衛官、どっちがやりたい?』と聞かれて、『どちらもです』と答えたら、どちらもやらせていただくことになりました。忍者装束って着るのが難しくて、ロケ中はしん平師匠に加えて、うちの師匠にまで衣装替えを手伝わせてしまいました。前座なのに(笑)」
二つ目に昇進したことで、個人の名前で独演会をできるようになった。自分らしい芸を披露する機会も増えた。前座時代に一門の会で出演していた時と違い、独演会では自身が主役。6月に開催したCD発売記念の独演会では、早速、兄弟弟子と一緒に『お菊の皿』を歌い、盛り上げた。
「本業はもちろん落語ですから、『高座で歌っちゃったりしていても、落語はしっかりしてるから』とお客様に信頼してもらえればなと思います。何をするかわからないところが面白いんだけど、好きな落語家に杏寿の名前を出していただける。そんなお客様を増やしていくために、たくさんのジャンルの芸を落語に生かしていきたいです」
ユニークな噺家人生は、まだ始まったばかり。次は真打、そして、「何歳になっても現役で高座に出られる芸人でいたい」と思っている。
「前座と違って二つ目になると、私個人で『席亭の皆様やお客様から必要とされる芸人にならなければ』という責任感が増してきます。今の地位にホッとしないで、おばあちゃんになっても『杏寿の落語を聴きたい』と思ってもらいたいです。それに、師匠の『宮戸川』を通しで演じられる日が来ればなと思います」
□金原亭杏寿(きんげんてい・あんじゅ)本名:川満彩。12月17日、沖縄県生まれ。俳優、モデルとしてドラマやCMに出演の後、17年11月、金原亭世之介に入門して落語家に転身。19年9月に前座昇進。今年は2月に二つ目に昇進。5月17日に落語歌謡『品川心中』でCDデビューした。今夏公開予定の映画『忍獣大戦記 ジャロン対ゴウラ』に出演。毎月1回、ネタ下ろしの落語会『黒門町で逢いましょう。』も開催中。