監督デビュー作の『TOKYO MER』でいきなりの大ヒット 36歳TBS女性社員の原体験は入社直前にあった

興行収入40億円を突破した劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』は、TBSテレビのディレクターで演出家の松木彩さんの初監督作品だ。勢いに乗る36歳に、演出家を志したきっかけから、監督デビュー作について聞いた。7月11日かたスタートした俳優・福原遥と深田恭子がダブル主演するTBS系連続ドラマ『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(火曜午後10時)ではサブ演出を担当。女性2人の絆を描いた作品の見どころも語ってもらった。

TBSテレビのディレクターで演出家の松木彩さん【写真:ENCOUNT編集部】
TBSテレビのディレクターで演出家の松木彩さん【写真:ENCOUNT編集部】

演劇部で知ったモノづくりの楽しさ

 興行収入40億円を突破した劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』は、TBSテレビのディレクターで演出家の松木彩さんの初監督作品だ。勢いに乗る36歳に、演出家を志したきっかけから、監督デビュー作について聞いた。7月11日かたスタートした俳優・福原遥と深田恭子がダブル主演するTBS系連続ドラマ『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(火曜午後10時)ではサブ演出を担当。女性2人の絆を描いた作品の見どころも語ってもらった。(取材・文=西村綾乃)

軽トラからセンチュリー、バイクにバギー…大御所タレントの仰天愛車遍歴(JAF Mate Onlineへ)

 きりっとしたパンツスタイルで、部屋に入って来た松木さん。新作ドラマの台本などが入っているのか、大きなリュックサックを背負っていた。ドラマの演出になり7年目という松木さんは、いつでも現場に向かうことができる機動力を全身にみなぎらせていた。

「入社をして最初の2年間は、バラエティー番組の担当でした。生まれ育った宮城県から上京し、まだまだ学生気分が抜けない時期にチーフADなどを担当しながら根性をたたき直されました。ドラマ部に配属されてからは福澤克雄さん、土井裕泰さんなど、レジェンドが演出する様子を間近で見ることができたことは大きな財産です。助監督時代に色々な現場を経験したことで、心身ともにタフになりました。過酷な日々でしたが、汗をかいたらかいた分だけいいものになるという実感が、今も自分の支えになっています」

 モノづくりに興味を持ったのは、女子高時代。2年生のときに参加した演劇コンクールで、地区代表の1校に選ばれたことが自信になった。

「入部した演劇部には2年生がおらず、3年生が引退してからは、1年生だけでアイデアを練りました。部員数が足りず、取り組める既存の脚本は数作。強豪校には演出を付けてくれる顧問もいましたが、私たちはそれもなくて。恵まれた環境ではなく、多くの制限がある中で代表に選ばれたんです。チームで1つのモノをつくる喜びを知りました」

 アーティストの小田和正らを輩出した地元の名門、東北大文学部に進学。「演劇を趣味にしながら、考古学者か教員を目指そう、それか好きな本に囲まれて仕事ができる出版社にも興味を持っていた」と振り返る。

「大学でも演劇部(東北大学学友会演劇部)に所属していました。部員数も多くやれる作品が広がったことも楽しくて、役者や制作として活動していました。プロ意識が強い先輩が多かったことも刺激になりました」

 モノづくりに携わる仕事につきたいと考え始めたのは大学3年生のとき。演劇でも演出する側の視点に興味を持ち始めた頃に、テレビ局に入ればいろいろなジャンルに関われることを知った。

「普段はニュースを観ている両親も、日曜日だけはTBSの『日曜劇場』をつけていて、毎週テレビの前に座って、ワクワクしていました。憧れたのは高校生のときに放送された『オレンジデイズ』(04年)。うちの大学からキー局を目指す人はほとんどいませんでしたが、『モノをつくる現場って楽しそうだな。入るならTBSだ。試験を受けてみようかな』と思いました」

 公務員や地元企業への就職を目指す学生が多い中で、1人深夜バスに乗り説明会に向かった。エントリーから、役員面接まで数回。「全く手ごたえはなかった」と肩をすくめたが、面接で大学時代に打ち込んだ演劇について説明する間に、気持ちが整理され「ドラマの演出家になりたい」という意思を固めた。

撮影中に主演の鈴木亮平(右)と会話する松木彩さん【写真:(C)2023劇場版『TOKYO MER』製作委員会】
撮影中に主演の鈴木亮平(右)と会話する松木彩さん【写真:(C)2023劇場版『TOKYO MER』製作委員会】

入社直前に宮城県で被災 プロがプロとして仕事をする姿に感銘を受けた

 狭き門を突破し、卒業旅行から帰国した日。研究室にお土産を持って行く道中で、東日本大震災に遭った。

「海辺の方に仕事で出ていた兄とも連絡が取れなくて、不安が募りました。実家は山の方にあったので、津波の被害はまぬがれましたし、幸運なことに被害も県内では相当小さい方だったと思います。それでもライフラインが寸断され、何より何が起きているのか分からない不安は大きかったです。翌日か翌々日だったか、届いた数ページだけの朝刊で津波の写真を見たときは、言葉をなくしました」

 唯一の情報源だったラジオでは、地元のアナウンサーが夜通し知りうる今の状況を伝えてくれた。取材をした記者、情報を刷り上げた人たち。完成した新聞はどのようにして自宅まで運ばれたのか――。「有事の際にプロがプロとしての仕事を全うする姿に、心を大きく揺さぶられました」と振り返る。

 上京後は大車輪の活躍を見せ、周囲の信頼を獲得。初めてチーフ演出を担当したドラマで、監督を務めるまでに成長した。

 救命救急医療のプロフェッショナルチーム「TOKYO MER」が最新の医療機器とオペ室を搭載した大型車両・ERカー(TO1)で事故や災害現場に駆け付け、救急処置を施していくドラマはたくさんの人の心を打ち、今春劇場版として上映。燃え盛るビルの70階に取り残された193人を救うため、チーフドクター・喜多見幸太(鈴木亮平)が「待っているだけじゃ、救えない命がある」と奮闘する姿に300万人以上が胸を熱くした。

「1人のヒーローが多数の命を救うだけではなく、支え合う仲間、みんなの力があって目的を達成できたということを描きたかったです。ドラマの最終回で各地のDMAT(災害派遣医療チーム)が一斉に駆け付ける場面があるのですが、映画でも千葉や静岡などから支援のためにスペシャリストたちが集結するシーンがあって、どちらもすごく思い入れがあります。東日本大震災直後、原発や放射能などの危険性も不明だった中で、通信などを修復するために大阪など遠方から東北に車両が集まっていたのをみて、なぜだかものすごく安心したという経験がありまして。『安全圏にいる人が、顔も知らない誰かのためにリスクのある場所に集まってくるすごさ』と、それを見たときの安心感、というのは私の原体験でもあります」

 興行収入・動員数ともに今年公開の実写映画1位に躍り出た同作は、現在も全国でロングラン上映中。たくさんの人に愛される作品を手掛けられたことは「幸運だった」と感謝する。

「初めてのチーフ演出作、初めての監督作品でしたから、『支えてやろう』とたくさんの方が力を貸してくださいました。滑走路でTO1を疾走させたり、(俳優の)賀来賢人さんには、横浜の赤レンガ倉庫を全力疾走するシーンを追加させてもらったり、効率を考えたら普段ならやらないと判断をする無謀な挑戦もありました。作品の思いに賛同してくれた人たちみんなと作り上げた泥臭さがある作品。自分の人生の支えになる映画になりました」

 コロナ禍に進行していたドラマや映画は、医療従事者にエールを送りたいという思いもあった。エンドロールには、役者の名前などと共に全国で人命救助のため尽力する関係者の写真が映し出されている。「映画はフィクションでも、MERのような医療関係者は実在することを伝えたかった」と思いを込めた。

『18/40~ふたりなら夢も恋も~』の1シーン【写真:(C)TBS】
『18/40~ふたりなら夢も恋も~』の1シーン【写真:(C)TBS】

女性同士の絆を描く新ドラマ 人生を模索する同世代「他人ごとではない」

 7月11日から始まるドラマ『18/40~ふたりなら夢も恋も~』では、セカンドディレクターとして作品に参加する。大学進学を前に妊娠が分かった18歳の少女と、仕事を優先し恋を後回しにしてきた40歳を目前にした女性が、人生を模索する姿は「他人ごとではない」と口を開いた。

「人生は思い描いた通りに進むことの方が少ない。私自身も、18歳のときに考えていた学者などの職業からは縁遠いところにいます」

 6月に36歳になったばかり。地元の友だちが次々に結婚し、子育てをしているのを見て、「置いていかれたという、怖さもあった」と吐露。「学生のころは、自分は30歳までに結婚していると思っていた」と目を伏せた。

「『TOKYO MER』の撮影が終わって、引越しをしたんです。上京して12年目で初めての引っ越しで、理想的な住居が見つかったのですが、少し広くなったので、これまで単身者ばかりのマンションだったのが、小さい子どもがいるファミリーだったり、同棲しているカップルもいて…。皆既月食があった日。それぞれのベランダから楽しそうな声が聞こえて、勝ち取ったものと、取りこぼしたものを突き付けられた気がしました。私は、そっと酒を飲むしかなかったです(笑)」

 人生は選択の連続だ――。

「選択していく中で、可能性が広がったと見るのか、選ばなかった道を閉ざされてしまったと見るのかは自分次第。仕事も恋愛もそのときの自分と相談をして、人生の優先順位を決めていきたい」

 インタビュー用の写真を撮影する際は、「ひとつ見合い写真に」と冗談を飛ばした松木さん。たくさんの人を笑顔にしている彼女には、極上の幸せが“倍返し”でやってくるようにと願っている。

□松木彩(まつき・あや)1987年、宮城県仙台市生まれ。2011年にTBSに入社。第105回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 監督賞(『半沢直樹』(20年)、福澤克雄、田中健太と共同)を受賞。日曜劇場『TOKYO MER~走る緊急救命室~』で初めてチーフ演出を担当。同作で、第109回ザテレビジョンドラマアカデミー賞 監督賞を受賞。同作を映画化した劇場版『TOKYO MER~走る緊急救命室~』(23年)では初めて監督を務めた。

次のページへ (2/2) 【動画】「予告だけで泣ける」「予告で超引き込まれた」 劇場版『TOKYO MER』予告
1 2
あなたの“気になる”を教えてください