“都市伝説”で語られたフェアレディZ432-R、レース仕様を8年がかりで車検 公道を走る奇跡

日本を代表するスポーツカー「フェアレディZ」の中でも、希少な1台を“走らせた”オーナーがいる。1970年式のフェアレディZ432-R。もともとレースカーだったものを、8年がかりで車検を通し、47年たって初めて公道を走行。“4人目の所有者”としてある意味の伝説を築いた。57歳男性オーナーに話を聞くことができた。

オリジナルが残されている希少な70年式フェアレディZ432-R【写真:ENCOUNT編集部】
オリジナルが残されている希少な70年式フェアレディZ432-R【写真:ENCOUNT編集部】

1970年式「フェアレディZ432-R」 4代目オーナーが作った伝説

 日本を代表するスポーツカー「フェアレディZ」の中でも、希少な1台を“走らせた”オーナーがいる。1970年式のフェアレディZ432-R。もともとレースカーだったものを、8年がかりで車検を通し、47年たって初めて公道を走行。“4人目の所有者”としてある意味の伝説を築いた。57歳男性オーナーに話を聞くことができた。

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「日本ではほとんど残ってないんじゃないかなぁ」。

 オレンジ色の流れるようなボディー。ボンネットの白いストライプがクールなオーラを放っている。マニア垂ぜんの貴重車だ。サビやすい車体だというが、これまでのオーナーたちによって車庫の中で大切に扱われていただけに、サビや腐りはなかった。奇跡的とも言える。

 男性オーナーの手元に来るまでに、紆余(うよ)曲折があったという。「15、16年前に手に入れたのですが、自分が4人目のオーナーです。1人目、2人目は元レーサーで、3人目がアマチュアレーサーで愛好家の方でした。このクルマはプライベーター(個人チーム参加)を含めてツーリングカーレースでサーキットを走っていたものです」。通常はレース参加でクラッシュして壊れたり、レースが終わると解体に回ってしまう。一方で、この個体は大事に保管されていた。「マニアの中では都市伝説のような存在で、『あの人が持っている』とうわさだったんです。私自身、平成元年頃に存在を知り、いつか乗ってみたいと思っていたんですよ。訳あって、前(3人目)のオーナーさんと連絡を取ることができて、今に至ります」と明かす。

 せっかくの歴史的な1台、ナンバーを取得したい。だが、そもそも所有者を明確に示した書類がない。1人目のオーナーはもう所在が分からなかったが、2人目、3人目のオーナーの協力を得て必要な書類を整え、法的手続きを経て所有権の問題をクリア。運輸局に通い詰め、必要な整備を重ねて、8年かけて、初めてナンバーを付けることができた。

「実はミッションについて、マニアの間では『5速』と言われています。運輸局の資料では『4速』と記されているようですが、私としては誤記で本当は5速だと思うんですけどね(笑)」。こんなこぼれ話を聞かせてくれた。

 見事、2017年に、初めて公道を走った。「ナンバーを付けると、ちょっと乗って状態を確かめたい時にいいんですよ。キャブ調整もすぐできてね。『サーキット場に持っていけば走れる』という声も聞くのですが、大変なんですよ。やっぱり、公道を走れるのはいいことですね」としみじみ語る。

 オーナー自身、楽しく乗るだけでなく、クルマにまつわる歴史をひも解き、どういう経緯で作られた車であるのか、学びにも重点を置いている。何より、生粋のマニアでもあるのだ。「就職してすぐに買ったのが、Z432。全部で4台持っているんです。何がいいかって、クルマはデザインが命。この色気というか、スタイルですよね。もはや速さはどうでもいい、二の次です。街中を走っていて、自分のクルマが窓やガラスに写る姿、これが一番好きなんです。それに、シートベルト、ホイール、ボンネット、メガホンマフラーは当時のレースオプションです。この50年以上前のクルマに、当時の部品が付いている。この事実こそが素晴らしいことなんです」と熱っぽく語る。

 これからもずっと人生の相棒だ。「うちの息子は興味なくて、終活を考えると、このクルマは鉄くずになっちゃうかな(笑)。自分が乗れる限り乗っていきます。このオリジナルを残したい。とにかくこの思いです」と力を込めた。

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